金銭債権をはじめとする債権の回収をする、あるいは請求されている債権がある、という方が長い間きちんと請求をしない事があります。
このような場合には「時効」によって債権が消滅することがあることをご存知でしょうか。
時効というと刑事事件に関するものとして理解している方も多いと思うのですが、民法上の請求権である債権に関しても、債権が消滅するという形で時効にかかるのです。
そして、この債権の時効に関しては、平成29年5月26日に成立した「民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号 同年6月2日に公布)によって、令和2年(2020年)4月1日から施行されることになっており、その内容への理解も深めておかなければなりません。
そこで、このページでは、債権の時効に関する基礎知識と、実務上の知識、平成29年の法改正の内容についてお伝えします。
債権の概要を知ろう
まず、大前提としての「債権」というものについての概要を知りましょう。
「債権」というのは、民事の権利に関する概念で、人に一定の行為をしてもらうように要求する権利のことをいいます。
民事における権利としては、物を支配する権利である物権と、人に対して一定の行為をしてもらうおうに請求する債権に分かれます。
たとえば1,000万円の金銭債権がある、という場合には、1,000万円を現実にモノとして持っているわけではなく、債務者に対して支払ってくださいといえる権利がこれにあたります。
時効という制度を知ろう
次に時効の概要について知りましょう。
上述したとおり刑事事件に関する時効の制度に対するイメージが強いため、悪い人が得をする、というイメージをもっている方が多いのですが、民法上の制度にも時効というものがあって、次の3つの価値観から制定されている制度だとされています。
- 永続した事実状態の尊重
- 権利の上に眠る者は保護しない
- 立証の困難の救済
以下詳しく見てみましょう。
永続した事実状態の尊重
ある状態というものが長く続く場合には、その状態がずっと続くんだ…という考えのもと周囲のいろんな人が行動します。
たとえば、とある自宅を購入したAさんがある家を自分のものとして利用している場合には、周囲にはこの家の所有者はAさんであると考えてしまいますね。
ただし、Aさんの売買契約に何らかの欠陥がありAさんはこの不動産を所有することができないという法律関係であったとすると、Aさんは家を持っているという評価が崩れることになり、Aさんが家を所有していると信じて行動してきた人すべてに影響を与えることになってしまいます。
そのため、「Aさんが所有権を取得したという状態が続いている」という状態に対して、法律としてその状態を固めてあげようというのが時効制度の趣旨の一つです。
権利の上に眠る者は保護しない
ある状態が、真実の法律関係に照らして妥当でないときには、本当の権利者は裁判をして勝つなど、その状態を是正する事が出来るはずです。
にもかかわらず、権利を行使せずに長期間放置していたような場合には、そもそもそんな権利者は保護する必要はないのではない、というのが法律の世界の基本的な考え方です(「権利の上に眠る者は保護しない」という格言がよく使われます)。
そこで、権利を適切に行使をしない者に対する制裁が時効制度の趣旨の一つとなっています。
立証の困難の救済
たとえば、ある売買契約に基づく金銭債権がある場合で、金銭債権を行使してきたとしても、目的物の譲渡がきちんとされていなかったような場合には金銭債権の履行を拒むことができます。
履行を拒むにあたっては、証拠としてベースになる売買契約に関する契約書が必要になるのですが、何十年も後になって請求されたような場合に、売買契約書はすでに破棄してしまったりして紛失していることがほとんどでしょう。
このような立証が困難になることを救済しようというのも、時効制度の趣旨の一つになります。
時効の2つの種類を知ろう
時効制度の趣旨を知った上で、時効には
- 取得時効
- 消滅時効
の2つの種類があることを知っておいてください。
取得時効
所有権などの権利を、法律の規定に従うと持ってないにもかかわらず、自分のものであると信じて所有をしている場合に、そのような状態が長期間続くことで、所有権を取得するような場合をいいます。
消滅時効
ある権利について長期間行使をしなかった場合に、もうその権利は行使されないものという風に扱うために、権利が消滅するとしているのが消滅時効です。
今回取り扱う債権の時効は、この消滅時効を指しています。
債権の時効期間について知る
では、債権の時効の期間について知りましょう。
債権の時効については改正がされている
まず先に知っておいていただきたいのは、後述するように債権は10年で消滅するという規定をベースに、特定の債権についてはもっと短い期間での時効の期間を設定する短期消滅時効という規定が置かれています。
ただ、この規定に関しては、上述したとおり平成29年に改正がされており、その改正内容は令和2年4月1日から施行されます。
ですので、令和2年3月31日までと、令和2年4月1日からで、同じように発生した債権の消滅時効の内容が違うということがありますので注意をしておいてください。
債権の消滅時効の原則は10年
まず、債権の消滅時効については、民法167条が規定をしており、10年で消滅時効にかかるとされています。
ですので、後述する短期消滅時効の規定が置かれていない債権については、10年で消滅時効にかかるということになります。
民法の短期消滅時効の規定
特定の債権については、通常行使するための期間はもっと短いはずであるという考えから消滅時効の期間が短く設定されています。
以下、期間別に見てみましょう。
1年の短期消滅時効にかかる債権
1年の短期消滅時効にかかる債権については次のようなものが挙げられます。
- 時給・日給など月給以下の単位の期間で定めた使用人の給料債権(民法174条1号)この規定については、労働基準法が適用され、給料債権が労働基準法所定の「賃金」にあたると判断される場合には、消滅時効期間は2年になります。
- 労力の提供または演劇を業とする者の報酬・供給した物の代価の請求権(民法174条2号。こちらも労働基準法の適用がされると2年になります。)
- タクシーなどの運送賃に関する債権(民法174条3号)
- 旅館・料理店・飲食店・貸席・娯楽場の宿泊料,飲食料,席料,入場料,消費物の代価または立替金に関する債権(民法174条4号)
- 動産の損料(174条5号。貸寝具・貸本・貸衣裳など短期間の動産の賃貸借の賃料)
なお、債権ではないのですが、遺留分減殺請求権という権利も同様に1年の短期消滅時効にかかるので、注意をしておいてください(民法1042条)
2年の短期消滅時効にかかる債権
次に消滅までの期間が2年になるものについて見てみましょう。
- 着手金や成功報酬などの弁護士・弁護士法人・公証人の職務に関する請求権(民法172条)
- 生産者・卸売商人・小売商人が売却した産物・商品の代価に関する請求権(民法173条1号)
- 自己の技能を用いて注文を受け,物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権(民法173条2号)。たとえば、クリーニング店や美容院の債権などです。
- 学芸又は技能の教育を行う者が,生徒の教育・衣食・寄宿の代価について有する債権(民法173条3号)たとえば、学習塾などの月謝のようなものがこれにあたります。
また、債権ではないのですが、詐害行為取消権という権利も同じく2年の消滅時効にかかるので注意をしておいてください(民法426条)
3年の短期消滅時効
次に3年の短期消滅時効となる債権について見てみましょう。
- 医師の診療・助産師の助産・薬剤師の調剤に関する債権(民法170条1号)
- 工事の設計・施工・監理を業とする者の工事に関する債権(170条2号)
- 弁護士・弁護士法人・公証人が職務上預かった書類に関する責任(171条)
- 不法行為に基づく損害賠償請求権(724条)
特に重要なのが不法行為に基づく損害賠償請求権で、交通事故の被害者の加害者への請求は短期消滅時効にかかるという理解をしておくことになります。
5年の短期消滅時効
- 年・これより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権(民法169条)
- 親子間の財産管理に関する債権(民法832条)
債権ではないのですが知っておくべき5年の短期消滅時効にかかるものとして、取消権(民法126条)・相続回復請求権(884条)といったものがあります。
特別法上の債権の短期消滅時効の規定
以上は民法の規定なのですが、民法の規定を修正する特別法において、短期消滅時効を規定しているものがあります。
商事債権(商法522条)
まず最初に重要な規定としては、商事債権が挙げられます(商法522条)。
商売に関する法律である商法の規定が適用される債権については5年の短期消滅時効が適用されることになります。
一般の商取引に関する債権のほとんどは5年に時効期間が短縮されますし、消費者金融や銀行から借入をしていた債権についても適用されるので、多くの債権の時効についての適用があります。
賃金(労働基準法115条)
生活上で重要な賃金を受け取る権利ですが、2年の短期消滅時効にかかります。
毎月の賃金を受け取るにあたってはあまり気にする必要はありませんが、会社が支払えなくなった賃金や、未払いの残業代のような債権もこれにあたるので、注意が必要です。
改正後の債権の消滅時効期間を知る
これらの規定はすべて平成29年の法改正以前のものです。
令和2年4月1日以降は次のような債権の消滅時効については
- 債権が発生したときから10年
- 債権が行使できる状態になってから5年
- 短期消滅時効の規定はなく一律に判断
という事になります。
以上に見たとおり、短期消滅時効については、民法の規定だけでも細かくわかりづらい上に、特別法で様々な修正がされています。
そのため、非常にわかりづらい仕組みになっていることから、もっとシンプルにするべきという価値観からこのような改正がされました。
債権の時効はいつから数えるのか?という起算点を知る
債権の消滅時効については10年などの期間があることを知っていただきましたが、その10年はいつから10年なのでしょうか?その起算点を知りましょう。
債権の時効は請求することができるようになった時から始まることになっています。
たとえば、7月1日に契約が成立して債権が発生したものについて、支払いが7月15日であるような場合には、翌日である7月16日から請求ができるようになるので、7月16日が起算点となります。
債権の時効を主張するためには手続きが必要
では、請求を受ける側の立場として、債権の時効を主張するためにはどのような事をするべきなのでしょうか。
債権は法律で定められた時効の期間が過ぎれば当然に消滅するものではなく、民法145条が規定している「援用」という手続きが必要になります。
援用とは、債権の消滅時効期間が来たので、時効を主張します、という事を相手に伝えることをいいます。
民法145条の規定だけを見ると裁判上で請求されたときに主張するのかな?と思うかもしれませんが、裁判になっていない相手に対しても援用をするのが実務的な処理になります。
この時効の援用は、通常内容証明郵便を利用しておこないます。
内容証明郵便というのは、どのような内容を送ったのか?ということを郵便法の規定に従って証明してくれる書面の事をいい、配達証明というオプションを付けることで、いつ・どのような内容の書面を送ったのかを証明してもらえることになります。
内容証明として作成する文中に、時効を主張することを書くことで、時効の援用をしたということが公に証明されることになるので、もはや裁判等に訴え出ることもできなくなります。
内容証明郵便は、どこの郵便局でもやっているわけではなく、内容証明を取り扱うことができる認証司という人が居る郵便局での取り扱いになりますので注意が必要です。
場所としては地域でも少し大きな郵便局にあるのですが、ホームページの店舗検索で内容証明郵便の取り扱いがあるかどうかを確認することができます。
内容証明には、時効の援用をする事を伝えるのですが、どの債権について時効を援用するのかをはっきりさせるために、債権の発生日時や、契約番号など、時効を援用する債権の特定ができる情報も併せて記載するようにします。
債権の時効を主張させないための管理の方法
では一方で債権を主張する側としては、債権の時効を主張させないためにはどのような事をすれば良いでしょうか。
一番の解決策は時効が成立してしまう前までに回収を行うという事になるのですが、現実に回収が難しい場合も発生します。
そのような場合には、現行法では「時効の中断」改正法が適用されると「時効の更新」という措置を撮ります。
時効の中断とは
時効が規定された趣旨を思い出していただきたいのですが、債権を絶えず請求してきたような場合には、権利の上に眠っているとも評価できないですし、立証が困難ともいえませんし、永続した事実状態解消のための行動もとっていますね。
にもかかわらず時効期間の完成まで債務者がのらりくらりと応じなければすべて一律に債権は消滅するというのは妥当ではありません。
そのため、時効の中断という事を認めて、消滅時効を完成させないようにする規定が民法147条以下に規定されています。
時効中断をするための「請求」とは
時効中断の方法としての一つとして民法147条では「請求」を規定しています。
文言だけを読むと、相手に電話一本入れれば良いように思えますが、ここでの「請求」は裁判上の請求、およびそれに類する行為を行うことを意味します。
具体的には、裁判の提起(通常裁判のみならず少額訴訟や支払督促などの簡易な裁判も含む)、民事調停の申立などがこれに含まれます。
ただし時効の期間が迫っているような場合で、訴訟をするための準備ができないような時のために「催告」という規定があり、内容証明等で請求をしていれば、6ヶ月以内に裁判の申立等を行えば時効は完成しないという制度もあります。
時効中断をするための「差押え、仮差押え又は仮処分」
民法147条に規定されている事として、「差押え、仮差押え又は仮処分」というものがあります。
差押えとは、裁判に勝ったり、公正証書を作っていたいような場合に、執行裁判所に申し立てをして相手の財産に強制執行をする手続きのことをいいます。
仮差押え又は仮処分というのは、裁判に先立って財産を隠したりしないようにするために、裁判が終わるまでの間の処分を禁止するための措置です。
これらも請求をしているのと同じような行動なので時効が中断するとされています。
時効中断をするための「承認」とは
時効中断のもう一つの事由として「承認」と規定されています。
文字通り債務者が時効の制度を使わない事を承認をしているような場合には、時効中断を認めるものです。
こちらについては、単純に承認させるだけではなく、日付や承認したことを文書で作成するなどして、後に債務者に「承認なんかしていない」という事を言わせない措置をとることが必要になります。
時効の中断すると時効期間は中断時から10年延びる
これらの時効の中断のための措置をとった場合時効の期間はどうなるのでしょうか。
この場合、時効の中断の効力を有する事があった日から10年という形で時効が伸びることになります。
元の債権が短期消滅時効にかかるようなものでも、時効の中断の効力が認められると10年に伸びるということを知っておきましょう。
時効の停止についても知っておく
中断とは別に、時効の停止という制度も知っておいてください。
債権を回収したり時効の中断のための措置をとろうとしても、天災などの理由で債権が行使できなくなったりする場合がありえます。
そのような場合に備えて、時効の停止という制度が民法158条以降に定められています。
天災に関しては民法161条が障害がなくなった時から6ヶ月間は時効が完成しないことになっています。
時効の更新・完成猶予に!平成29年法改正内容を知る。
令和2年4月1日から適用されるあたらしい平成29年に改正された消滅時効の制度を知りましょう。
制度はそれぞれ、
- 時効の中断→時効の更新
- 時効の停止→時効の完成猶予
という表現に改められます。
従来の「時効の中断」という言葉の意味が、時効が途中でとまっているだけかのような意味合いにとられるため、わかりづらい、という問題がありました。
また時効の停止についても、時効の進行が止まってしまったものであるという印象を受けるものになってしまいました。
それぞれの文言を、上記のように変更して、わかりやすくしたのが、平成29年の消滅時効の改正の内容でもあります。
承認がされる場合には同様の規定になっていますので、相手から書面で時効を認める内容の書面を取得します。
裁判をする際には、裁判の提起により時効の完成が猶予されることになり、裁判が確定すると時効が更新します。
請求できなくなった債権は時効を援用してもらって償却する
では、時効期間を過ぎてしまった債権についてはどのように取り扱えば良いでしょうか。
時効期間が過ぎている以上、裁判を提起したところで、時効を援用すると主張されてそのまま敗訴になります。
商売をしている人はそのまま売掛金・貸付金といった形でずっと帳簿に残しておかなければならないか?というとそういうわけではありません。
この場合、相手に時効の援用をしっかりしてもらう事によって、債権を貸倒償却するなどして、費用にしてしまうことが最も合理的な行動となります。
まとめ
このページでは、債権の時効についてお伝えしてきました。
時効制度というものがどうしてあるのか?という事を踏まえた上で、現行法では債権の消滅時効には細かい規定があるので、内容を把握するとともに、改正された後の事についても内容を知っておきましょう。