まだ回収できていない売掛金があるのだが、相手と連絡が取れないような場合に気にすべき項目の一つとして「売掛金が時効にかかるのではないか?」という事ですね。
刑事事件に関してはニュースやフィクションなどでよく目にする時効の制度ですが、売掛金のような民事上の請求に関しても時効という制度は存在します。
時効の制度については平成29年に民法の債権法改正の一環で改正がされているので、併せて把握をしておく必要があります。
このページでは売掛金を時効にせずに回収したい場合にはどのようにすれば良いかについてお伝えします。
売掛金は会計用語で法律上は債権である
まず、売掛金は時効に関するどのような規定が適用されるか、という事を知っておきましょう。
売掛金という名前は、会計上の用語で用いられるもので、法律上は人に対して金銭を請求する権利で、債権(金銭債権)となります。
売掛金の時効についての規定を知る
売掛金についての時効に関する規定はどのようになっているのでしょうか。
令和2年(2020年)3月31日までの売掛金の消滅時効について
まず、令和2年3月31日までに発生する売掛金についてはどのように規定されているか確認しましょう。
売掛金は債権ですが、その発生現認によって次のような短期の消滅時効が設定されています。
2年の消滅時効にかかるもの
2年の消滅時効にかかるものとして次のような債権が規定されています。
- 弁護士、弁護士法人又は公証人の職務に関する債権(172条)
- 生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権(173条1号)
- 自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権(173条2号)
- 学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権(173条3号)
3年の消滅時効にかかるもの
3年の消滅時効にかかるものとしては次のような債権が挙げられています。
- 医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権(民法170条1号)
- 工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権(民法170条2号)
商事債権については5年
売掛金は、商法の規定の適用がされる商事債権であるので、商法522条の規定により、5年の消滅時効にかかります。
起算点
これらの期間について、いつから計算するのでしょうか。
明文の規定はありませんが、民法の解釈として、「権利の行使ができるようになった時」から起算することになります。
支払い期日があるような場合(令和◯年○月◯日に支払いをするという債権)には支払い期日の翌日から計算します。
支払いに条件があるような場合(納品したら支払いをするという債権)には条件が達成したときから計算します。
援用
なお、債権の消滅時効は期間の経過だけでは成立せず、時効の利益を受けることに対する意思表示である「援用」がされることが必要となります(145条)
この援用は誰でも援用できるわけではなく、民法145条所定の「当事者」にあたる者のみが援用できます。
詳しくは、【最新改正対応!】弁護士が教える消滅時効の援用についての基礎知識、のページも参照にしてください。
令和2年(2020年)4月1日からの消滅時効について
次に、平成29年の法改正が施行される令和2年(2020年)4月1日からの消滅時効についての規定を確認しましょう。
まず改正法では、短期消滅時効という考え方がありませんので、すべて民法の規定で考えます。
時効の期間については、
- 権利行使できる事を知った時から5年
- 権利を行使することができる時から10年
という形で規定をされています。
この期間が過ぎた後に、改正前と同様に「援用」がされると債権は時効で消滅することになります。
売掛金を時効にしないための制度を知る
例えば、売掛金の請求をしたところ、相手が売掛金の発生を否定して争う構えである、支払いがなく相手と連絡をしているが相手が電話に出ない、といった状況で回収が長引くことによって時効期間が経過することはあり得ます。
そのような場合に債権者は一定の行動をとることによって、売掛金を時効にしない措置をとることができます。
この時効にしないための制度は改正で大きく変わりますので、両方を詳しくお伝えします。
令和2年(2020年)3月31日までの時効の規定「時効の中断」
改正法が適用される前までに発生した債権については、「時効の中断」を行うことで時効の完成を阻止することができます。
時効の中断とは、民法147条に定められている規定で、債権者として一定の行動をすると、時効の進行がその時点でストップした上で、あたらしくその時点から時効の進行が始める制度の事をいいます。
時効の中断には次の3つの種類があります
- 請求
- 差押え、仮差押え又は仮処分
- 承認
以下詳しく、どのような行動をすれば良いか見てみましょう。
請求
請求という文言からは、単純に相手に「払ってください」という事を伝えれば良いとも思えます。
しかし、民法は予定している請求は、裁判上の請求を行うこと(民法148条)、民事調停の申立をすること(民法151条)、破産手続き等への参加(民法152条)、が法定されています。
以下、細かい規定の紹介が続きますが、大雑把には「適法に法的な手続きを利用すること」という風に把握してください。
裁判には、通常訴訟のみならず、手形・小切手訴訟・少額訴訟・支払い督促といったものも含まれます。
訴訟は民事訴訟法の規定にしたがった適法なものとして提起される必要があり、不適法な訴えとして却下されたような場合には時効中断の効力が発生しません(民法149条)
また、訴えの取り下げをすると、最初から裁判提起がなかったことになりますので時効中断の効力が発生しません(民法149条)。
支払督促を利用する場合には、民事訴訟法392条に規定された仮執行宣言の申立まで行って初めて効力が発生します(民法150条)。
最も、上記のような法的な手続きについては準備も必要で、時効の期間が直近まで迫っているような場合には間に合わない可能性もあります。
そのため、民法153条に規定がある「催告」を行えば、6ヶ月以内に上記の手続きを取ることで時効が完成しないとすることができます。
民法153条の「催告」は実務上は内容証明を使った債務者への督促で行います。
差押え、仮差押え又は仮処分
次に、「差押え、仮差押え又は仮処分」とはどのような行為を言うのでしょうか。
差押えというのは、裁判で勝訴判決をもらって、相手に対して強制執行を行うことをいいます。
仮差押・仮処分というのは、裁判に先立って相手が財産を隠してしまえないようにするための命令や処分をいいます。
承認
最後に、「承認」について見てみましょう。
承認というのは、債務者が債務があることを認めることです。
直接に債務があることを認めなくても、債務があることを前提とする支払猶予を求める・債権の一部・利息を支払うような行動があった場合にも承認と評価されます。
時効の中断があったときの再度の時効の進行
時効の中断の効力があった場合には、再度時効のためのカウントが始まります。
この時に、売掛金のように、もともと2年・3年・5年など短期の消滅期間にかかっているような債権については、時効の中断によってそこからは10年間の期間経過が必要とされていますので、注意が必要です。
令和2年(2020年)4月1日からの時効の規定「完成猶予」「更新」
平成29年にこの部分については大きな改正が加えられました。
まず、一定の行動をとっている間には時効が完成しないとする「完成猶予」という規定を置いた上で、その期間内にした行動の結果によって、再度時効がカウントを始める「更新」という制度に分かれています。
するべき行動としては、改正前と異なることがないので、いくつかの事例と、完成猶予事由として付けくわえられた「協議」について見てみましょう。
裁判等
裁判を利用する場合には、訴え提起の段階で時効の「完成猶予」が適用され、裁判をしている間は時効は完成されません(改正民法147条1項)
そして、債権者として勝訴する、和解をするなどをすると、その時点で時効が「更新」し、そこから再度カウントを始めることになります(改正民法147条2項)。
差押え(強制執行)
文言としては「強制執行等」という表記になっておりますが、同じように差押えの申立を行うことによって時効が「完成猶予」になります(改正民法148条1項)。
そして、強制執行による手続きが終了したときから、時効が「更新」されることになっています(改正民法148条2項)。
承認
承認については、承認が発生したときにすぐに時効が更新されることになります(改正民法152条)。
協議
売掛金が時効にかかってしまう可能性のあるケースとして、売掛金の存在についての話し合いが長引いてしまうことが原因になります。
そのような場合に、時効の中断をするためには、裁判を起こすしかない、というのが従来法でした。
もっと柔軟な解決方法が必要であるとして法改正により完成猶予事由として加えられたのが「協議」です(改正民法151条)。
時効完成猶予事由である「協議」をすることを書面・電磁的書面で確認することができれば、
- 合意があったときから1年を経過した時
- 1年に満たないものの協議を行う期間を定めたときはその期間を経過した時
- 拒絶の通知が書面できたときには、拒絶された日から6ヶ月を経過した時
この3つのうちで一番早い時までは時効が完成しないとされています。
まとめ
このページでは、売掛金について時効にかからないための基本的な知識についてお伝えしてきました。
もともと理解が難しいとされる時効に関する細かい規定ですが、平成29年にさらに改正されていますので、債権回収で時効にかからないような管理が必要である場合には、弁護士に相談するようにしてみてください。