お金を借りていたものが、返済できなくなって連絡をとっていなかった所、何年もたって突然請求がくるようなことがあります。
このような場合に、民事においても時効の制度があり、債権回収との関係でいうと、債権者は債務者に対して請求しても相手から回収できなくなってしまうというものになります。
この時効の条文の適用を受けるためには「援用」というものが必要とされているのですが、これはいったいどのようなものなのでしょうか。
このページでは時効の援用についての詳しい知識をお伝えいたします。
時効の援用とはどのようなものか
よく「殺人事件が時効を迎えました」というような刑事事件に関する事項であったり、あるいは一般の会話で「小さい頃の話なのでもう時効でしょう…」というような会話がされますが、民事においても時効の制度はあり、民法が時効について規定しています。
民法145条(時効の援用)
時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
時効の「援用」とは、この条文を根拠に必要とされるものです。
援用とはどのようなものなのかについては規定がないのですが、実務上は「私は時効の制度の適用を受けて債権の消滅を主張します」という意思表示をすることを言います。
上記の条文を見ると、債権回収の裁判を起こされたときに時効の主張をする時の条文のように見えますが、実務上は裁判を起こされる前に時効の援用を行うことになっています。
平成29年の民法改正でも時効の援用は変わらず必要になる
平成29年に債権法改正の一環として時効に関する規定も改正されています。
しかし、援用が必要であることについては改正されていないので、改正後も時効の利益を得る場合には時効援用を行うことになります。
時効の援用の方法としての配達証明付き内容証明
それでは時効の援用はどのように行うのでしょうか。
援用の方法については民法や関連する法律や規則においても規定はされておらず、法律上は相手に伝えれば良いとなっていますが、最終的には裁判になったときには証拠として残しておかなければなりません。
そこで、債権回収に関する実務的には配達証明付き内容証明郵便で援用の意思表示を伝えることで行っています。
内容証明郵便は郵便法により相手に送った書面の内容を証明してくれるもので(郵便法48条)、配達証明はいつ相手が受け取ったかを証明してくれるものです(郵便法47条)。
両者を合わせて利用することによって、いつ・どのような内容の書面を送ったのかが証明されることになります。
時効の援用をするためには、時効期間経過後に送った書面であることと、時効の援用の意思表示をした文章であることが必要なので、配達証明付き内容証明を利用して時効援用を行います。
内容証明は郵便局の中でも認証士という内容証明に関する事務を取り扱うことができる人が居る場所のみで取り扱われていますので、利用にあたっては郵便局のホームページで内容証明を取り扱っているか確認しましょう。
電子内容証明というインターネットで利用できるものもあり、こちらも同様の効果を持っているものになります。
誰が時効を援用することができるのか(援用権者)
以上では時効については、債務者が主張するためにある制度のように思えます。
しかし、たとえばある債務について保証人になっているような場合には、主債務が消えてくれると保証人も責任を免れることができます。
ただ、前掲した民法145条でも「当事者」と規定しているだけなので、ある権利についての時効を援用できるのは誰なのか?明らかではありません。
この点について判例では「時効により直接利益を受ける人」という判断をしており、保証人・連帯保証人・担保を供している物上保証人、などの人が判例で援用権者として肯定されています。
他にも、仮登記担保権に劣後する抵当権者・詐害行為の受益者などは当事者に含まれて時効の援用権を行使できるとされていますが、一方で後順位抵当権者や一般債権者といった者については当事者であることを否定されています。
なお、この条文については平成29年の改正によって、保証人・物上保証人・第三取得者・その他正当な利益を有する者、という改正がされています。
時効を主張する場合にはどのように行うか
では時効の主張を行う場合には、どのように行動すれば良いのでしょうか。
時効の期間の経過について調査する
まず、本当に時効の主張に必要な期間が過ぎているのかどうかを調査しましょう。
債権の時効は基本的には10年とされていますが、特定の債権についてはもっと短い期間でも時効が成立するとしている、「短期消滅時効」の制度があります。
たとえば、消費者金融から借りたお金については、商法の適用を受ける商事債権となりますので、商法522条により5年の消滅時効となります。
消滅時効を主張する債権などの権利が何年で消滅時効にかかるか、ということについては、【最新法改正対応!】債権の時効について3分で理解できる完全解説、こちらのページで確認をしていただけます。
時効が中断していないかを調べる
債権者は消滅時効の完成を阻止するために「時効の中断」という措置をしてくることがあります。
時効の中断は民法では147条以下に規定されているもので、ここに規定されている行動を債権者が採ると、その時点から再度カウントしなおすという制度です。
たとえば、消費者金融からの貸付金について、時効の援用をするような場合、貸金業者は裁判を起こすことで時効の中断を主張することができます。
裁判については、たとえ本人が不在でも、公示送達という市区町村の掲示板に裁判を起こされている旨を張り出す方法によって裁判ができるような場合もありますので注意が必要です。
また、本人が送達されてくる訴状等書面の受け取りを拒否するような場合でも、付郵便送達という方法によって、郵便受けに入れてしまえば裁判書類が送達されたとされ、裁判が知らない間に終わっているようなケースもあります。
さらには、債権者から「債務があることを書面で認めて欲しい」と主張され、債権者に対して書面を差し入れているような場合には、民法147条に規定される「承認」というものを行ったと評価され、時効が中断します。
債権者が時効の中断に成功していると、時効の完成時期がずれます。
たとえば、令和元年に借入をしたものの時効を令和5年に主張しようと思っても、令和3年に裁判を提起されているような場合には時効が完成しているのは令和13年になってしまうのです。
まずは、こういった事情がないかを調査する必要があります・
これら、時効の中断に関する規定は、平成29年の消滅時効に関しては「時効の完成猶予・更新」という概念になっており、大きな変更がされており、令和2年(2020年)4月1日から適用されます。
この規定が適用されると、完成猶予によりいったん時効が停止し、更新が発生するとそこからカウントをし直すことになっています。
たとえば、裁判を起こすと、裁判を起こした時点で時効の完成猶予となり、裁判が勝訴で確定すると更新がされ、そこからまたカウントしなおすことになります。
詳しくは、以下の記事わかりやすく説明をしていますので合わせて読むことをお勧めします。
時効完成後に返済などをしていないか
消滅時効について、時効期間完成後に返済をしているような場合には、時効の主張ができなくなるという判決が出されています。
そのため、「債権が時効の期間をすぎた後に1回支払いをしてしまったが、残った金額はやっぱり時効を主張して返済しない」、という事が通用しなくなります。
時効完成後に「一部だけでも返済してほしい」といった主張がされるような事があるので注意をしましょう。
時効援用に関する内容証明を作成する
以上で時効が完成しているかどうかが確認が必要なケースについてお伝えしてきましたが、時効の援用に差し支えるような事態がなければ内容証明を作成します。
内容証明には、次のような事項を記載します。
- 消滅を主張する対象になる債権などの権利に関する情報
- 消滅時効を援用する旨の記載
債権に関する情報
債権に関する情報としては、債権者がどの債権について主張しているのか認識できるように記載をします。
具体的には、
- 債権の発生日時(いつ売買をしたかなど)
- 契約者番号やカード番号(消費者金融や銀行からの借入ような場合)
を記載します。
消滅時効を援用する旨の記載
内容証明には、消滅時効を援用する旨の記載をします。
文章中に、「支払いません」という事を記載しただけでは「すでに支払いをしたからもう支払いません」という事なのか、時効援用により支払わないのかの区別がつかず、援用が否定される可能性があります。
そのため、文中では必ず「消滅時効の援用をする」という事を記載します。
時効の援用をすることによって相手はどんな対応をしてくる可能性があるか
もし時効の援用をすると、相手はどのような主張をしてくる可能性があり、それに対してどう反応すべきでしょうか。
時効は完成していない
まず、相手の主張としては、消滅時効は完成していない、と主張する可能性があります。
前述したとおり、債権者が時効中断のための何らかの対応をされていたような場合には、債権が時効で消滅していない可能性があります。
このような場合には、相手がどのような理由で時効が完成していないと主張しているのかを確認し、それを裏付け資料の提出を求めます。
もし、そういった資料の提出が期待できない場合には自分で調べることになります。
たとえば、消費者金融の借金の時効の援用をする場合に、住所を変えずに実家に戻って連絡が出来ないようにしているような場合には、前述したとおり公示催告で訴訟を起こして欠席で勝訴判決を得ているような場合があります。
その場合には、裁判の判決などの書面を見せてもらうか、裁判に関する事件番号がついていますので事件番号や管轄の裁判所を伝えてもらって、本当にそのような判決が下っているのかを確認します。
もし相手が答えられないようであれば、実際には時効中断のための措置をしておらず、単に支払いを期待した「はったり」の可能性があります。
その場合には支払いには応じず、その後の相手の交渉経緯を見て本当に裁判に証拠の提出ができるのか見極めるのが良いでしょう。
もし時効がきちんと中断していることが確認され、支払い義務がある場合には、支払う・分割弁済を依頼する・支払えない額になっているような場合には債務整理を検討するといった措置をとります。
一部だけでも払って欲しい
時効の主張を認めつつも、ごく一部でも支払いを求めてくるようなケースがあり、何等かの理由によりこれに応じる場合もあるでしょう。
上述したのですが、時効完成後の支払いによって時効の援用ができなくなることがありますので、援用が成立して消滅時効が成立しているかどうかをきちんと確認するようにしましょう。
その上で、相手とは支払い額の総額について合意して、支払う金額以上の支払いを求めない事などを書面にするような措置を取っておくことが望ましいといえます。
なお、消滅した債務の支払いをするような場合には贈与になってしまって額によっては贈与税の対象にならないか?という風に疑問に思う人もいるかもしれませんが、時効にかかった債務は支払い義務がなくなっただけで、債権として評価をでき、支払いをしても債務の弁済として評価されます。
借金の消滅時効の援用とブラックリストの関係
消費者金融や銀行からの貸付についての消滅時効を主張する際に、いわゆるブラックリストについてはどのようになっているのでしょうか。
貸金業者からの貸付について債務整理をしたり延滞をすると、信用情報にその旨が登録されることになり、あらたな借入やクレジットカードの利用ができない、いわゆるブラックリストという状態になります。
時効の援用によって、借金が消滅するのですが、この時の処理については信用情報を管理している信用情報機関によって違い、借金がなくなったとして抹消する所と、貸し倒れという形で処理をするため5年間利用ができないという処理をするところがあります。
前者によると信用情報から一切の記載が消えるのですが、後者の場合あらたにブラックという状態になります。
この事から、基本的には信用情報に関する情報は残っていると考えるべきでしょう。
時効の援用のために必要な費用
では、時効の援用のために必要な費用についてはどうなっているのでしょうか。
内容証明送付のための費用
内容証明については
- 基本料金82円
- 書留430円
- 内容証明430円(書面が複数枚にわたる場合には2枚目以降260円増)
- 配達証明310円
がかかります。
時効の援用であれば、通常は1枚で済みますので、1500円もかからないという風に考えておけば良いでしょう。
内容証明の作成を弁護士に依頼する場合
弁護士に時効の援用を依頼する場合には、内容証明の上記の実費に加えて、弁護士に対する費用が発生します。
通常、何らの相談もなしに依頼することはありませんので、事前に法律相談を必要とすることがあり、30分5,000円程度の法律相談費用が必要です。
内容証明作成に関しては弁護士によって費用が違うのですが、通常は3万円~10万円程度の弁護士費用が必要になると考えておきましょう。
まとめ
このページでは、時効の援用についてお伝えしてきました。
時効は期間が過ぎただけでは成立せず、「時効の援用」という行為をして初めてその利益を受けることができます。
実務上は内容証明で行う必要があったり、時効の中断がされていないかを調べたりする必要があったりするので、確実に時効完成を主張したい場合には弁護士に相談するなどして、確実にすすめるようにしましょう。