債権を回収したくて、支払督促を申立てた場合でも、支払督促を取り下げたいという場合があるでしょう。支払督促は他の裁判手続より容易に手続ができ、かつ、費用も低く抑えられるので、支払督促を選んだという状況があるかもしれません。
しかし、支払督促は、相手方から反論されないことを前提とする手続です。そうすると、相手方から反論があった場合には、結果的に当初の想定より費用が嵩んでしまうことがあります。こうした場合、支払督促を取り下げるにはどうしたら良いか、解説していきます。
支払督促とはそもそもどういう手続だったか?
支払督促とは、お金を回収したい場合に、相手方の住所を管轄している簡易裁判所の裁判所書記官に支払督促の申立てをすることを言います。裁判所書記官とは、裁判所の裁判手続の記録の作成や、裁判官の行う調査などの補助をする国家公務員です。
支払督促を申立てると、相手方に支払督促が送達され、2週間以内に相手方から異議の提出がなかった等の場合には、支払督促の手続が終了し、最終的に強制執行を行うことができます。送達とは正式な形式で、相手方にきちんと届いたかどうか記録をつけて配達を行うことです。
一方で、相手方にしてみれば、支払督促の手続のなかで2回の反論の機会があり、この反論があった場合には、支払督促の手続が終了し裁判に移行します。この場合債権者は、追加で裁判手数料を納付しなければならない等、費用が当初より嵩み、かつ、裁判が終了するまで時間がかかる可能性が高くなります。
このように支払督促という制度は、お金を回収したい場合であって、相手が反論しない(素直に請求を受け入れる)場合に、最も効果のある手続と言えます。
逆に言うと、相手方が反論してきた場合には、費用と時間を考えて、支払督促の手続を取り下げるという選択肢が見えてきます。
支払督促を取り下げるにはどうすればよいのか?
支払督促を取り下げるには「取下書」を提出します。ただし、どこの裁判所に取下げ書を提出すれば良いというわけではなく、基本的には“支払督促を申立てた”簡易裁判所裁判所に取下げ書を提出します。この場合には、取下書を裁判所に提出する際にあわせて、取下書の副本も提出します。
支払督促の取下書に記載すべき事項は、債権者と債務者及び事件番号を記載し、「債権者は本件申立てを取り下げる」等の文言を記載し、事件取下げの意思を明らかにします。なお、債権者は取下書に署名と押印を行います。取下書の様式については、各簡易裁判所がWEB上に雛形を公開しているので、こちらを利用すると便利です。
取下書は書面で提出なのかFAXやメールではだめなのか?
支払督促の取り下げは書面で提出しなければなりません。このことから、FAXやメールによる取下書の提出は認められていません。取下書の提出は「その提出により訴訟手続の開始、続行、停止又は完結をさせる書面」に該当するので、規定によりFAXによる提出ができないこととなっています。
取下書を提出する場合には、面倒であっても実際に“書面”で裁判所に提出する必要があります。
支払督促の取下げに通常相手方の同意は必要か?
支払督促の取下げには、原則として相手方の同意は不要です。
どういう事かと言うと、通常の裁判では、相手方の同意が必要となることがあるからです。この場合は前提として、裁判所に準備書面の提出や口頭弁論への出頭などを相手方が行っていることが条件となります。相手方の同意が必要となるのは、裁判が行われている場合には、相手方にも裁判で判決を受ける利益があると考えられているためです。
支払督促で取り下げに相手方の同意が不要なのは、支払督促手続では通常の訴訟と異なり、相手方が口頭弁論対して準備書面の提出や、裁判へ出頭を行うことがないためです。このように支払督促手続の性質上、相手方の同意が不要とされています。
ただし、督促異議があった場合に相手方の同意が必要となる場合があります。
督促異議の提出があっても取り下げに同意が必要なのか?
支払督促の取り下げに督促異議の提出があっても、原則として支払督促の取り下げには相手方の同意は不要です。ただし、一定の場合には相手方の同意が必要となる場合もあります。ここで督促異議について簡単に説明すると、支払督促を申立てられた相手方が、支払督促が送達されてから2週間以内に、裁判所に異議申し立てをすることを“督促異議”と言います。
督促異議で同意が必要な一定の場合とは、督促異議にあわせて準備書面が付いている場合です。この場合には、相手方が裁判にて判決を受ける意思を明確にしているので、支払督促の取り下には相手方の同意が必要となります。
相手方が取り下げに同意するとは?訴えの取り下げ同意の擬制とは?
支払督促の申立てを行った場合で、督促異議と同時に相手方が準備書面の提出をした場合、取り下げには同意が必要となることは前項で説明をしました。しかし、この場合であっても相手方が和解等の話し合いに応じる姿勢を示すなどの理由により、多くの場合は取り下げについて協力的になる場合が多いでしょう。そのため、一旦は準備書面の提出を行った相手方であっても、取り下げに同意する場合は比較的に多いです。
また、相手方の同意が必要な場合であっても、相手方が2週間以内に異議を述べない場合には、訴えの取り下に同意したものとみなされます。この事を訴えの取り下げ同意の擬制と言います。
なお、適式に支払督促を取り下げた場合、取り下げられたことを相手方が知らないので、その旨を通知する必要がある場合があります。次項ではこの点につき説明を行います。
支払督促の取り下げの通知はどうすれば良いのか?
原則として、訴えの取り下げについて相手方の同意が必要な場合には、相手方に取下書の副本を送達します。これに対して相手方の同意が必要ない場合には、裁判所書記官が訴えの取り下げがあった旨を通知すれば良いとされています。「送達」と「通知」との違いは、「送達」とは相手方に実際に届けたかどうかを正式な記録に残る形式で郵送することを言います。通知とは、単純に相手に封書等で取り下げがあった旨を通知するのみで、とくに相手方に届けられたかどうかを確認しません。支払督促を取り下げる場合は、相手方の同意が不要な場合が多いと考えられるので、端的に取り下げられた旨の通知が行われます。
一方、そもそも支払督促がまだ相手方に送達される前に取り下げる場合には、相手方への通知すら不要です。相手方にしてみれば、支払督促の申立てがあった事実すら知らないので、当然、取り下げがあった場合でもその旨の通知は不要ということです。これに対して、相手方が督促異議の申立てと共に、準備書面の提出を行った場合には、「相手方の同意が必要な場合」となるので、取下書の副本を相手方に送達する必要があります。
支払督促の取り下げに必要な通知の費用とは?
支払督促を取り下げる場合には、三つのパターンに分かれます。パターンとは次のとおりです。
- ①支払督促が相手に送達する前の取り下げ
- ②支払督促が相手に送達した後の取り下げ
- ③督促異議で相手が準備書面を提出した場合の取り下げ
以上のとおりです。
まず①支払督促が相手に送達する前の取り下げの場合ですが、この場合は前項にも記述しましたが、支払督促の取り下げを相手に通知する必要がありません。つまり、この場合は取り下げに関して追加の費用は不要です。
次に②支払督促が相手に送達した後の取り下げの場合には、その旨を裁判所書記官または裁判所が通知します。取り下げに必要な費用としてかかるのは、この通知に掛かる費用で、一般的には相手方1名に対してそれぞれ82円の切手代が必要となります。この場合の通知の方法は相当と認められる方法で行えばよいので、実務上は、取下書と一緒に提出された副本を相手方に郵送して通知を行います。
最後に③督促異議で相手が準備書面を提出した場合の取り下げの場合ですが、前項で説明したとおり、相手方の同意が必要な場合なので、単なる「通知」では足りず、「送達」が必要です。よって取り下げに必要な通知の費用とは、相手方1名に対してそれぞれ1,110円の切手代が掛ります。
支払督促を取り下げた場合の費用の還付はどうなるのか?
支払督促を取り下げる場合としては、次の三つのパターンがあります。
- ①支払督促が相手方に送達される前に取り下げた場合
- ②支払督促が相手に送達されてから取り下げる場合
- ③督促異議が提出されてから取り下げた場合
以上のとおりです。
まず、①支払督促が相手方に送達される前に取り下げた場合、及び③督促異議が提出されてから取り下げた場合ですが、この場合には手数料の一部の還付を受けることができます。
しかし、②支払督促が相手に送達されてから取り下げる場合には、費用の還付を受けることはできません。支払督促の送達によって当初の目的が達成されていると考えられるためです。
還付費用はいくらになるのか?
支払督促で裁判所に納めた印紙代の内、還付を受けられる場合には、申立てで納めた手数料の1/2の還付を受けることができます。この場合、元々納めた印紙代が8,000円未満となる場合には、申立てで納めた手数料から4,000円を引いた費用が還付されます。
具体的には、支払督促の債権額が100万円の場合、当初納める印紙は5,000円となるので、還付されるのは4,000円を引いた額で、1,000円が還付されます。
なお、手数料還付を請求するには、申立てによって行います。申立て方法は口頭でも書面でも可能ですが、一般的には書面で行います。手数料還付の申立書の雛形は、各裁判所のWEB上で公開されています。
還付を行う請求先ですが、申立手数料を支払った裁判所の裁判所書記官宛てに行います。通常は支払督促を申立てた簡易裁判所となります。請求が認められると、還付は現金で受けることができます。
支払督促を取り下げた後に再度申立てはできるか?
支払督促を取り下げた場合でも、別に通常の裁判を提起できることはもちろんのこと、再度支払督促の申立てを行うこともできます。
「あれ?訴えを取下げると、同じ内容の請求はできなくなると聞いた」と疑問を感じる方もいらっしゃるかもしれません。その疑問を簡単に説明すると、訴え取り下げの効果として“再訴禁止効”と呼ばれるものがあります。再訴禁止効とは、同じ内容の請求で再度裁判を行うことができなくなる効果のことを言います。ただし、この再訴禁止効が生じるのは、基本的には実際に裁判を開いて法廷で争った後に判決が出た場合です。
支払督促の手続においては、口頭弁論を開くなど法廷で争わずに行われる手続ですので、その制度の性質上、支払督促を取り下げても、再度の申立てや訴えの提起が制限を受けることはありません。
なお支払督促の取り下げに関連して、督促異議が出されて訴訟に移行した場合で、追加で必要となる費用を納めなかったことで、訴えが却下された場合でも、再度の支払督促の申立てはできます。
まとめ
支払督促の取り下げは、手続を継続することが合理的ではない場合に検討する選択肢です。
支払督促手続は、争わないことを前提とする手続であることから、相手方が争った場合に想定よりも時間とお金が掛かる場合があります。また支払督促を申立てた場合でも、その後、相手方が話し合いに応じて支払に応じる等、協力姿勢を表す場合があります。この場合では、かえって相手方と和解を行ったほうが良い場合もあります。
このように、支払督促は債権回収の一つの手段に過ぎません。状況に応じて取り下げ等、対応を変化させることが債権回収には効果的です。