裁判所を利用した強力な債務整理方法のひとつに、「個人再生」という手続きがあります。
一般的には、ひとくちに「個人再生」といいますが、実際の制度ではこの個人再生には2つの種類があります。
ひとつは「小規模個人再生」であり、もうひとつは「給与所得者等再生」です。
現在のところ、実務では圧倒的に小規模個人再生が選ばれています。これは手続き後に返済することになる債務総額が、給与所得者等再生の場合よりも少額で済むというメリットがあるからです。
しかし、給与所得者等再生には小規模個人再生にはないメリットが存在します。
今回こちらでは、給与所得者等再生についてご説明いたします。
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給与所得者等再生の概要
冒頭でも述べたように、個人再生には「小規模個人再生」と「給与所得者等再生」の2つの手続きがあります。
このうち「小規模個人再生」は、個人再生制度のいわば基本形といえる手続きであり、「給与所得者等再生」は、その発展形といった手続きとなっています。
給与所得者等再生とは、基本形である小規模個人再生よりも利用条件を厳しくすることにより、ある程度のメリットを認めた制度ということができます。
サラリーマンなどに特化した手続き
給与所得者等再生という手続きは、将来的にかなり高い確率で収入を得る見込みがある人だけが利用できる制度です。
また、さらにその収入の変動幅が少なく、安定していることも条件とされています。
一般的には、「サラリーマン」などの利用を想定した制度と考えてよいでしょう。
給与所得者等再生の条件
個人再生とは、裁判所によって行われる厳格な手続きです。そのため、この制度を利用するには、法律で定められている各種の条件を満たしている必要があります。
給与所得者等再生という手続きは、「小規模個人再生」の上位バージョンともいうべきものです。つまり、基本形はあくまでも小規模個人再生なのです。
そのため、給与所得者等再生の利用条件も、基本的な部分に関しては小規模個人再生のものと同じということになります。
給与所得者等再生の利用条件を大きく分けると、(1)手続きの開始を裁判所に認めてもらうための手続き開始条件と、(2)再生計画案を認可してもらうための再生計画認可条件があります。
(1)再生手続きの開始条件について
給与所得者等再生の手続きを裁判所で認めてもらうためには、まず法律で定められている手続きの開始条件を満たしている必要があります。
そして、それらにはそれぞれ個人再生の基本形である小規模個人再生のものと共通する条件と、給与所得者等再生の手続きに特有の条件があります。
それではつぎに、給与所得者等再生の手続きの開始に関する条件をみてみることにしましょう。
小規模個人再生と共通の開始条件
給与所得者等再生の手続きが裁判所によって開始されるためには、まずは小規模個人再生手続きの開始条件を満たしていなければなりません。
具体的には、主につぎのようなものがその条件となります。
再生手続きの開始原因の存在
個人再生による債務整理を裁判所に認めてもらうためには、借金総額や収入・資産などから総合的に判断し、返済が非常に難しいと思われる状況にあることが必要です。
棄却事由の不存在
個人再生の申し立てが裁判所によって受理されるためには、つぎに掲げる棄却事由に該当する事実がないことが必要です。
①再生手続きの費用を裁判所に納めない場合
個人再生手続きをする場合、裁判所に対し各種費用を納める必要があります。
この費用を裁判所に納めない場合、個人再生の申し立ては裁判所によって棄却されます。
②すでに破産手続きなどが始まっている場合
債権者からの申し立てなどによって、すでに破産手続きなどが開始している場合には、裁判所の判断によって個人再生の申し立てが棄却されることがあります。
③再生計画案の作成等に関して問題があることが明らかな場合
再生計画案の作成やその履行の現実性について問題が認められる場合には、個人再生の申し立ては、裁判所によって棄却されます。
④申し立てが不正な目的でなされた場合など
個人再生の申し立てが、不正な目的をもってなされた場合には、その申し立ては棄却されます。
「不正な目的」とは、債権者からの取り立てを逃れるために申し立てられたような場合のことを指します。
⑤債務者が個人であること
個人再生という制度は、小規模個人再生・給与所得者等再生の両方とも、個人でなければ利用できません。
会社などの法人が債務整理する場合には、「個人再生」ではなく、「民事再生」という手続きをすることが必要になります。
⑥住宅ローン以外の債務が5000万円以下であること
個人再生の手続きを利用するためには、住宅ローンを除いた借金額が5000万円以下であることが条件となります。
これが5000万円を超えている場合には、破産などほかの債務整理方法の検討または、ある程度弁済を続け債務総額を5000万円以下にするなどの方法が必要になります。
以上の諸条件は、小規模個人再生の条件であるだけでなく、給与所得者等再生の手続きの条件でもあります。
給与所得者等再生に特有の開始条件
給与所得者等再生の手続きの開始が裁判所で認められるためには、上記の諸条件のほかに、給与所得者等再生に特有の条件を備えていることも必要です。
その主なものは、以下のようになります。
①給与またはこれに類する定期的な収入があること
小規模個人再生では、「定期的」な収入ではなく、「反復」「継続」的な収入の場合でも利用が可能でした。
これに対し、給与所得者等再生の場合には、「定期的」な収入があることが条件とされています。
「定期的な収入」とは
ここでいう「定期的な収入」とは、ズバリ「給与」またはこれに類する、ある程度以上短い期間で繰り返し発生する収入のことを指します。
一番身近な例では、やはり「給与」ということになります。
②収入の変動が少ないこと
給与所得者等再生が利用できる条件としては、給与など定期的な収入がある以外に、その収入の変動幅が少ないことも条件となります。
変動幅の許容範囲
実務上では、20%以内というのが一般的な運用となっています。
つまり、平均的にみて毎月手取り20万円の人の場合、どんなに収入の少ない月でも16万円以上の収入が見込めない場合、利用が難しいことになります。
③給与所得者等再生の手続きを求める旨の申述をすること
個人再生の申し立てを裁判所に対して行う際に、給与所得者等再生の手続きで行ってもらうように申し立てる必要があります。
「可処分所得」とは?
簡単に言うと、収入から家賃などの住居費、公共料金などを差し引いた後に残る比較的自由に使える収入のことです。
実際に具体的な可処分所得の算出をするには、高度な知識が必要となります。
④過去に給与所得者等再生などをしている場合、再生計画認可決定の確定日などから7年以内でないこと
給与所得者等再生の手続きでは、過去につぎのような事実がある場合、その日から7年経過していることが利用の条件となります。
給与所得者等再生をしたことがある場合、その再生計画認可決定の確定日
以前にも給与所得者等再生の手続きをしたことがある場合には、そのときの再生計画認可決定の確定日から7年経過していなくてはなりません。
以前の個人再生でハードシップ免責を受けた場合には、その再生計画認可決定の確定日
以前にも個人再生をしたことがあり、その手続きによる債務の返済に関してハードシップ免責を受けている場合には、その手続きでの再生計画認可決定の確定日から7年経過している必要があります。
自己破産した場合、破産の免責決定が確定した日
過去に破産したことがある場合には、その破産に関する免責決定が確定した日から7年以上経過していないと再生計画は認可されません。
(2)給与所得者等再生の再生計画認可条件について
給与所得者等再生の手続きは、債務の返済計画を定めた「再生計画案」が裁判所に認可されることによって、その手続きのほとんどが終了することになります。
この再生計画案の認可条件は、つぎのようなものとなります。
なお、一部の条件は、上記「手続きの開始条件」と重複するものがあります。
小規模個人再生と共通の再生計画認可条件
個人再生に関する再生計画案が認可されるためには、法律の定める「不認可事由」が存在しないことが必要となります。
小規模個人再生と共通する再生計画案の不認可事由は、つぎのようになります。
つまり、以下に掲げるような事実がない場合には、再生計画案は認可されることになります。
- 再生計画案が法律の規定に違反し、その違反を修正することができない場合
- 再生計画案の内容が明らかに実現不可能な場合
- 再生計画の決議が不正の方法によって可決された場合
- 再生計画の内容が、債権者一般の利益を損なう場合
- 再生計画による返済予定額が、法定の最低弁済額を下回っている場合
- 無異議債権と評価済み債権の総額が5,000万円を超えている場合
- 現在だけでなく将来も継続的・反復的な収入が見込めない場合
なお、上記の各不認可事由についてより詳しく知りたい方は、以下の記事を参照してください。
給与所得者等再生に特有の再生計画認可条件
給与所得者等再生に特有の再生計画認可条件としては、上記「給与所得者等再生に特有の開始条件」で説明しましたが、もう一度簡単に説明します。
①給与など定期的な収入があること
給与またはこれに類する安定した収入のあることが条件です。
②収入の変動が一定以下であること
給与などの収入の変動幅が、基本的に20%以内であることも条件となります。
③可処分所得の2年分以上の返済をすること
給与所得者等再生の場合の再生計画による最低弁済額については、可処分所得の2年分以上であることが。
この条件があるため、給与所得者等再生は小規模個人再生の場合と比べて、手続き後の債務の返済額が多くなります。
なお、「可処分所得」とは簡単に言うと、収入から家賃などの住居費、公共料金などを差し引いた後に残る比較的自由に使える収入のことです。
実際に具体的な可処分所得の算出をするには、高度な知識が必要となります。
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給与所得者等再生のメリットとデメリット
給与所得者等再生は、小規模個人再生の手続きと比較した場合に、メリットとデメリットがあります。
おもに、つぎのような各点が挙げられます。
メリット
給与所得者等再生の手続きでは、小規模個人再生の場合にはない、つぎのような大きなメリットがあります。
手続きを債権者に妨害される恐れがない
小規模個人再生の場合、債権者の中に個人再生手続きを望まない業者などが存在する場合には、手続き自体が失敗に終わる可能性があります。
これは、小規模個人再生の手続きでは、その進行について債権者の(消極的な)同意が必要とされるからです。つまり、債権者の意向次第では、手続きが失敗に終わる恐れがあるということです。
これに対し、給与所得者等再生の場合には、このようなリスクがありません。
給与所得者等再生の手続きでは、小規模個人再生の場合と異なり、債権者の意向により手続きが左右される心配がありません。
給与所得者等再生を利用するメリットは、この一点に尽きるといっても過言ではないでしょう。
デメリット
①利用者が制限される
給与所得者等再生は、小規模個人再生と比較すると、その制度を利用できる人が制限されることになります。
うえで説明したように、「継続的」または「反復的」な単なる収入ではなく、給与所得など「定期的」な収入が要求されるからです。
給与所得者等再生では、ある程度以上確実視できる定期的な収入が必要であるため、利用できる人が会社員など一定の人に限定されます。
②弁済額が増額される
うえで述べたように、給与所得者等再生の手続き後に返済することになる債務額は、可処分所得の2年分以上となります。
これは、小規模個人再生の最低弁済額と比べて、通常多額となります。
このため、小規模個人再生による場合と比較すると、債務の免除額が少なくなってしまいます。
以上のように、給与所得者等再生の手続きには、小規模個人再生と比較した場合にメリット・デメリットが存在します。
弁済額が増額されてしまうなどデメリットも大きなものがありますが、手続きの成功・失敗が債権者の意向に左右される恐れが少ないということは、非常に大きなメリットと考えることができます。
小規模個人再生と給与所得者等再生、どちらを選択するか?
上記、「給与所得者等再生のメリットとデメリット」で説明したように、給与所得者等再生にはそれなりのメリット・デメリットが存在します。
小規模個人再生では、手続きの成功・失敗を左右する重要なものとして、債権者の意向がありました。これは大きなデメリットです。
これに対して給与所得者等再生の手続きでは、このようなリスクがありません。しかし、その代わりに、小規模個人再生の場合より返済すべき債務額が多額となるデメリットがあります。
これらを総合的に判断すると、それぞれの手続きの選択基準は、つぎのようになります。
債権者から「異議」が出そうにない場合には、「小規模個人再生」
個人再生の手続きの中で、債権者から異議が出る可能性が低そうな場合には、迷わず「小規模個人再生」を選択すべきです。
いうまでもなく、手続き後に返済することになる債務の総額が、給与所得者等再生による場合よりも少額で済むからです。
ただし、予想に反して債権者から異議が出た場合には、最悪のケースとして個人再生が失敗する恐れがあるので注意が必要です。
債権者から「異議」が出そうな場合には、「給与所得者等再生」
債権者の中に「異議」、つまり再生計画案について不同意の意思表示をしてくる業者などがある程度以上いると思われる場合には、給与所得者等再生を選択するのが賢明でしょう。
返済することになる債務の総額は、小規模個人再生の場合よりも多額とはなりますが、個人再生の手続きが失敗させられる恐れはなくなります。
業者などから「異議」が出る可能性とは
冒頭で述べたように、個人再生の手続きでは実務上、圧倒的に「小規模個人再生」の手続きがとられています。
これは、実務では一部の業者を除き、ほとんどの債権者が「異議」を申し立てることがなかったため給与所得者等再生を選択する実益があまりないというのが理由です。
つまり、実際問題として考えた場合、異議を出してくる業者はまれであると考えてよいでしょう。
しかし、実際に異議を出してくる業者も、少数ではありますが存在します。
「異議」を出してくる業者とは?
数ある業者の中には、小規模個人再生の手続きに関して異議を出してくる業者が存在します。
東京スター銀行や一部政府系の金融機関が、その代表例です。
これらが債権者となっている個人再生の場合には、小規模個人再生よりも給与所得者等再生を選択するほうが確実だといえるでしょう。
しかし、現在では上記業者以外にも徐々にではありますが、小規模個人再生の場合に「異議」を出してくる業者が増加する傾向が見受けられます。
憂慮すべき事態です。
まとめ
個人再生という債務整理方法には、小規模個人再生と給与所得者等再生とがあります。そして、それぞれにメリット・デメリットがあります。
小規模個人再生の手続きでは、債権者の中に手続きを邪魔しようという意図を持った業者などが存在する場合には、手続きが失敗に終わらせられてしまう恐れがあります。
しかしその反面、手続き後に返済することになる債務が少額で済むというメリットがあります。
給与所得者等再生の手続きでは、手続き後に返済することになる債務額が多くなる傾向にありますが、悪意のある債権者によって手続きを失敗させられる恐れがありません。また、この制度を利用できるための条件が厳しくなるなど、その他のデメリットも存在します。
これらメリット・デメリットを充分理解したうえで、どちらの手続きが自分にとって適しているのか判断することが重要です。
実際、ご自分の債務状況からしてどの手続きが適切なのかの判断は、高度に専門的な知識が必要となることが多いものです。
間違った方向で債務整理しないためにも、実績のある専門家に相談することをおすすめいたします。
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