「遺贈」とは、故人の遺言に則り、遺産の全部または一部を無償で譲ることをいいます。遺贈は、特定の法定相続人に対して行うことも、法定相続人以外の第三者に対して行うこともできます。たとえば、法定相続人の中でも特に自分に尽くしてくれた人に多くの財産を残してあげたい、お世話になった近所の人にお礼代わりに預貯金を残したいといった場合に遺贈が用いられます。
しかし、遺贈は贈り主の一方的な意思表示によって行われますので、遺産相続争いに巻き込まれたくない方や、負担付き遺贈で余計な義務を負いたくない方、遺言者に負債があるためその負債まで負担したくない方にとっては残念ながらかえって迷惑になってしまうこともあります。
そこで、法は遺贈に関して、受遺者側から放棄することを認めています。これは、契約によって生じる死因贈与と大きく違う点です。
この記事では、相続問題に強い弁護士が、
- 遺贈の放棄の方法と期限
- 遺贈の放棄をする場合の注意点
- 遺贈の放棄と相続放棄の違い
などについてわかりやすく解説していきます。
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目次
遺贈の放棄と相続放棄の違い
遺贈の放棄も相続放棄も「私はそのような財産は必要ありません」と財産の譲り受けを拒否する点で同じです。
また、同じ遺贈でも包括遺贈の放棄は、家庭裁判所に対して「財産譲り受けることを放棄します」と申し立てて手続きをとらなければならない点でも相続放棄と同じです。包括遺贈とは、被相続人が遺言書に「財産の2分の1を○に遺贈する」などと書いて財産を譲り渡すように、被相続人の財産を割合で遺贈することです。包括遺贈を受けた人は、たとえ相続人ではなくても相続人と同じ地位を取得することになりますので、包括遺贈を放棄するときは相続人と同じ手続きをとるべきとされています。
一方、同じ遺贈でも特定遺贈の放棄は、単に意思表示するだけで放棄することができます。誰かと契約書を交わしたり、相続放棄や包括遺贈のように家庭裁判所に対して申立ての手続きをとる必要はありません。特定遺贈とは、被相続人が遺言書である特定の財産を譲り渡す遺贈のことです。
また、遺贈は相続人以外の方でも無償で財産を譲り受けることができます。この点も、相続人のみが財産を譲り受ける相続と異なる点です。遺言書に「(相続人以外の)○に××の財産を遺贈させる」という記載があった場合、その○の人も財産を放棄できるのが遺贈の放棄です。
なお、包括遺贈の放棄と相続の放棄は、財産を譲り受ける人が財産を譲り受けることを知ったときから3か月以内に放棄しなければならないという期間制限があります。この期間内に放棄しない場合は財産を譲り受けたものとみなされます。一方、特定遺贈にはこのような期間制限はなく、いつでも放棄することができます。
以上をまとめると次のとおりとなります。
相続放棄 | 遺贈の放棄 | ||
包括遺贈 | 特定遺贈 | ||
放棄する財産 | すべての財産 | すべての財産 | 特定の財産 |
放棄の方法 | 家庭裁判所への申述 | 家庭裁判所への申述 | 意思表示 |
期限 | 3か月 | 3か月 | 制限なし |
遺贈の放棄の方法と期限
ここでは、各遺贈の放棄の方法について確認しましょう。
特定遺贈の放棄
「不動産をAに遺贈する」「この有価証券をAに遺贈する」など、遺贈する財産を特定しておこなうものが特定遺贈です。受遺者はいつでも遺贈を放棄することができます。また、特定遺贈の場合、遺贈された財産が可分ならば、その一部を放棄することもできます。
特定遺贈の放棄の方法
遺贈者が死亡して相続が始まると、そもそも遺贈したいと考えていた人は亡くなってしまっているので、その遺志を受け継ぐ人が必要です。これを「遺贈義務者」といいます。一般的には相続人が遺贈義務者となりますが、遺言執行者が定められているときには遺言執行者が遺贈義務者となります。
特定遺贈を放棄するときには、この遺贈義務者に対して「遺贈を放棄します」という意思表示を行えばよいことになっています。遺贈を放棄すると、遺言者の死亡の時にさかのぼってその効力を生じます(民法第986条2項)。
とはいえ、単に口頭で伝えただけでは後々どんなトラブルが起きるかわからないもの。そのため、一般的には書面で放棄の意思表示を行うとともに、必要に応じて内容証明郵便で郵送する手続きが取られています。
特定遺贈の放棄の期限
特定遺贈の放棄は、遺言者が亡くなった後であればいつでもできます(民法986条1項)。
しかしそうすると、相続人にとっては「もしかしたら放棄されるかもしれない」という期間が長く続くことになります。中には、早く遺贈の手続きを終えてスッキリしたいと考える人も多いかもしれません。
そこで、遺贈義務者である相続人などから、受贈者に対して「いついつまでに遺贈を放棄するかどうか返事をしてほしい」という催促をすることができます。
期限は法律上では「相当期間を定めて」という表記になっています。常識的に相当だと考えられる期間を設定し、その期限内に受遺者から返答がなければ、遺贈を承認したものとみなすことができます(民法第987条)。
包括遺贈の放棄
財産を特定せず、「全財産をAに遺贈する」「全財産の1/4をAに遺贈する」など、割合だけを定めたものが包括遺贈です。包括遺贈の場合は、実際にどの財産を遺贈するのかを相続人と協議して決めなければなりません。また、全財産の中にはプラスの財産だけではなく、借金などのマイナスの財産が含まれることも少なくありません。
そのため、包括遺贈の遺言者にマイナスの財産が多い場合は、受遺者は包括遺贈の放棄をすることも検討する必要があるでしょう。
包括遺贈の放棄の方法
特定遺贈の放棄は、遺贈義務者に意思表示をすればできました。しかし、包括遺贈の放棄はそれでは不十分です。
包括遺贈の受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)とされているため、包括遺贈の放棄は、相続放棄と同様に遺贈を放棄するという申述をしなければなりません。
申述先は、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。遺言者の最後の住所地とは、遺言者が亡くなった際に住んでいた住所地のことです。管轄裁判所については、裁判所の管轄区域 | 裁判所をご覧になってください。
包括遺贈の放棄で必要な書類と費用は次のとおりです。
包括遺贈の放棄に必要な書類・費用 | |
必要書類 |
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費用 |
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※包括遺贈放棄申述書の書式ダウンロード(wordファイル)
必要書類などは各裁判所によって異なる場合があります。申述する前に一度裁判所に確認した方が安心です。連絡用の郵便切手代についても一律に定められていませんので、あわせて確認しておくと安心でしょう。
包括遺贈の放棄の期限
相続放棄と同じく、包括遺贈の放棄は「自分のために包括遺贈があったことを知ったときから3ヶ月」以内に行う必要があります(民法938条・915条)。
3ヶ月というのは、遺贈者が亡くなったときから数えるのではなく、自分が受遺者であると知ったときから3ヶ月です。ここは間違えやすいので注意しておきましょう。
しかし3ヶ月は意外に短いものです。この3ヶ月という期間は「熟慮期間」と呼ばれていますが、この間に事情があって放棄をするかどうか決められないこともあるかもしれません。
もしも、放棄の意思表示をしないまま3ヶ月が過ぎてしまったら、遺贈すると承認したとみなされてしまいます。そうならないよう、3ヶ月以内に放棄をするかが決められない事情があるときは、期限を延長する手続きをとることができます。これを「熟慮期間の伸長」と呼びますが、伸長する場合も家庭裁判所で手続きをしなければなりません。
遺贈の放棄をする場合に注意すべきこと
詐害行為にあたらないよう注意する
相続人は、被相続人のプラスの財産だけでなくマイナスの財産(債務・借金)も引き受けなくてはなりません。
ここで、プラスの財産は特定遺贈にしてそのほかは相続財産にしておけば、受遺者である相続人は遺贈は承認しマイナスの財産を相続放棄をすることにより、上手にプラスの財産だけを受け取ることが可能にも思われます。
実際にこの方法が使われることも多く、特定遺贈のみ承認し、相続放棄をするというケースも少なくありません。確かに、相続と遺贈は別々なので、相続放棄をしても遺贈を放棄したことにはなりません。
しかし、この方法がまかり通ってしまうと、財産があるにもかかわらず債権者が債務を回収することが難しくなってしまうため、債権者から「債権者を害することを知ってした行為」として、詐害行為取消請求(民法424条)がされる可能性もあるので注意が必要です。
全財産を放棄したいなら相続放棄も併せて行う
相続放棄は遺贈に影響しませんが、同じく遺贈の放棄も相続には影響しません。そのため、受遺者が相続人である場合、受遺者が遺贈の放棄をしたとしても、相続人としての地位は残ったままです。すなわち、もし受遺者である相続人が遺贈の放棄のみ行った状態で3ヶ月を過ぎてしまえば、相続放棄はできないことになります。
そうすると、他の相続人との間で誰がどの財産を相続するのかを協議しなければなりません。もしもマイナスの財産が多かったとしても、相続人が自分一人ならば、全てを引き受けなければならなくなります。
したがって、相続人が相続財産の他に遺贈も受けており、すべての財産を放棄したいのであれば、相続放棄と遺贈放棄の両方の手続きをとる必要があります。
遺贈放棄は生前にできない
前述の通り、遺贈の放棄は遺言者の死亡後に行うことができます(民法986条1項)。すなわち、遺贈の放棄は、遺贈の放棄は遺言者の生前に行うことはできません。
被相続人が誰かに遺贈しようとしていることを知った相続人が、遺贈されてしまうと自分が相続できる財産が減ることから、受遺者に対して「遺贈を放棄して欲しい」などと圧力をかけるおそれがあるためです。
遺贈の放棄でよくある質問
遺贈の放棄の撤回はできる?
民法には「受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる」と規定されています(民法第986条1項参照)。
したがって被相続人から遺贈を受けたとしても、その他の相続人との関係などを理由に、自由に遺贈を放棄することができます。
それでは、一度遺贈の放棄を行ったとして、途中でやっぱり遺贈を受けたいと考え直した場合には遺贈の放棄を撤回することができるのでしょうか。
結論として、遺贈の放棄を撤回することは難しいでしょう。
なぜなら原則として「遺贈の…放棄は、撤回することができない」と規定されています(民法第989条1項参照)。ただし例外的に、民法総則の規定や親族の規定により取り消しをすることは許容されています。
具体的には、遺贈の放棄が詐欺や強迫による場合などには取り消しをすることができます。
遺贈を放棄すると放棄された財産はどうなる?
民法第995条では「遺贈が~放棄によってその効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったものは、相続人に帰属する」と規定されています。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う必要があります(民法995条但書)。
したがって、受遺者が遺贈を放棄して、かつ遺言において特段何も定められていない場合には、当該相続財産は相続人に帰属することになります。
なお、「遺言者がその遺言に別段の意思を表示したとき」とは、たとえば以下のような遺言を残したケースです。
第〇条 遺言者は、甥××が遺贈を放棄したときは、遺言者の全財産の3分の1を姪□□に遺贈する。
遺贈の放棄後に相続分だけ相続できる?
遺贈の放棄後に相続分だけを相続することができるのでしょうか。
相続人の一人が、法定相続分を超える範囲で包括遺贈を受けたケースで考えてみましょう。他の相続人がいる場合には、相続人間の平等に配慮して自分だけが多く受け取ることを望まない相続人の方もいます。
そのような相続人は、まず遺贈を放棄することができます。
そして遺贈を放棄したからといって当該相続人は、相続人としての地位までも放棄したわけではありません。したがって、遺贈を放棄した相続人は依然として法定相続分の範囲で相続財産を取得することができるのです。
もし仮に、法定相続人としての地位も放棄したいと望む場合には、相続放棄の手続きを行う必要があります。相続放棄によってプラスもマイナスも含めて一切の財産を引き継がないことになります。
相続放棄した人が遺贈を受けることはできる?
相続放棄をしたとしても遺贈を受けることができるかどうかは遺贈が包括遺贈か特定遺贈かによって結論が若干異なります。
まず、遺贈が包括遺贈だった場合は遺贈を譲り受けることができます。ただし、包括遺贈だった場合は、被相続人の債務(借金など)も含めて譲り受けることになります。前述のとおり、包括遺贈は相続人と同じ地位を取得することになるからです。ここで債務を譲り受けたくなければあらためて遺贈の放棄をする必要がありますが、遺贈の放棄をしたときはプラスの財産も放棄したことになります。
次に、遺贈が特定遺贈だった場合も遺贈を譲り受けることはできます。相続放棄したとしても、遺贈によって財産を譲り受けることまでを放棄したことにはならないからです。ただし、被相続人と相続人が生前に話し合ってプラスの財産のみを譲り受けるようにしていた場合など、被相続人の債権者を害するような行為をしていたときは、遺贈の無効・取消しを主張される場合がありますので注意が必要です。
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