
①本人の承諾を得て住基カード交付申請書を提出したことが有印私文書偽造とされた判例
事案の概要
本件は、被告人が他人(名義人)になりすまして、市役所に対し住民基本台帳カード(以下「住基カード」という)の交付を申請し、これをだまし取ったという事案です。具体的には、被告人は名義人の承諾を得た上で、その名義を使って「住基カード交付申請書」や本人確認のための「照会回答書」を作成・提出し、窓口の職員から住基カードの交付を受けました。
これに対して被告人は、名義人の承諾があったため、文書の公共的信用を害するものではなく、犯罪は成立しないと反論しました。
判決文の抜粋
「住基カードの交付申請者・受交付者が本人であることを確認するための厳格な手続きが定められている・・・。これらの法令の趣旨に照らすと,住基カードの交付申請書及びその交付に関して本人確認を行うための文書である回答書は,その文書の性質上,作成名義人以外の者がこれらを作成することは許されないものであって,これらの書面を他人の名義で作成した場合には,あらかじめその者の承諾を得ていたとしても,私文書偽造罪が成立すると解される。」(東京高等裁判所平成29年6月20日判決)
弁護士の解説
通常、私的な契約書などであれば、名義人の承諾があれば他人が代筆しても偽造罪にはなりません。しかし、判例は「文書の性質」に着目しました。住基カード(現在のマイナンバーカードに相当する機能を持つもの)の申請書は、法令によって厳格な本人確認が義務付けられています。このような「本人の同一性」が制度の根幹をなす文書については、たとえ名義人の承諾があったとしても、本人が作成したかのように装うこと自体が社会的な信用を裏切る行為となり、有印私文書偽造罪が成立すると判断されました。
②警察官の立場を悪用した有印私文書偽造の判例
事案の概要
本件は、当時駐在所に勤務していた警察官であった被告人が、住民である被害者Aから通帳と届出印を預かったことを悪用し、勝手に委任状と払戻請求書を作成して、現金700万円をだまし取った事案です。
被告人はギャンブル依存症により多額の借金を抱えており、当時の妻にその事実を隠したまま結婚費用を捻出しようと考え、犯行に及びました。具体的には、被害者から正当な権限を与えられていないにもかかわらず、銀行所定の委任状の「委任者」欄に被害者の氏名を記入し、預かっていた印鑑を押印して「有印私文書」を偽造しました。さらに、郵便局の窓口でこれらの偽造書類を提出し、窓口職員を誤信させて現金を引き出しました。
判決文の抜粋
「当時駐在所の警察官であった被告人は、Aや郵便局員から信頼を得ていたその立場を悪用し、Aから銀行の通帳及び届出印を預かったことを奇貨として、委任状及び払戻請求書を偽造し、不正に現金の払戻しを受けたもので、悪質な犯行である。被害額も700万円と多額である。ギャンブル依存症となり借金が膨らんでいたにもかかわらず、周囲にそれを相談せず、また、当時の妻へも言い出せずに結婚に係る諸費用等を節約することもしないで本件犯行に及んだことは、身勝手というほかなく、動機・経緯に酌むべき点はない。そうすると、被告人の刑事責任は重いといえるが、被告人が、Aに対し、全額の被害弁償をして示談を成立させ、Aから宥恕を得ていることは、財産犯である本件において相当程度考慮する必要がある。」(横浜地方裁判所令和7年2月21日判決)
弁護士の解説
預かっていた本物の印鑑(届出印)を勝手に押した場合であっても、作成権限がない者が文書を作成すれば「偽造」にあたります。特に本件では、警察官という高い公共の信頼を背負う者が、その職務に関連して得た機会を犯罪に転じた点は、保護法益である「文書に対する社会的な信用」への著しい侵害であると認定されています。
また、700万円という多額の被害や、職権濫用という悪質性にもかかわらず、「全額の被害弁償」と「被害者の宥恕(許し)」があったことで、執行猶予が付されている点もポイントです。
③有印私文書偽造罪と数年にわたる粉飾決算・監査妨害が問われた判例
事案の概要
本件は、公益財団法人の経理責任者であった被告人が、財団の多額の資金欠損を隠蔽するために、銀行の残高証明書や証券会社の証明書を数年にわたり偽造し、会計監査において監事らを欺いたという有印私文書偽造・同行使事件です。
被告人は、平成19年頃に数千万円の欠損に気づきましたが、これを報告せずに自力で回収しようと考え、隠蔽工作を開始しました。具体的には、銀行から入手した別の日の残高証明書の日付を消しゴムで消し、感圧紙(カーボン紙のようなもの)を使って決算期末の日付に書き換えたり、真正な書類から数字や社印を切り取って貼り合わせ、コピーしたりするという巧妙な手法で「有印私文書」を偽造しました。
これらの偽造書類は、粉飾された決算書とともに毎年の会計監査で提出され、監査機能を完全に麻痺させました。その結果、資金欠損の原因(第三者による横領の疑いや運用失敗など)に対する適切な措置がとられないまま、最終的な資金欠損額は1億4000万円以上に膨らみました。
判決文の抜粋
「被告人は、偽造にあたり、財団の定期預金口座の新規契約や解約を繰り返し、同口座の残高証明書等を入手した上、それらに感圧紙を用いて文字を記入したり、真正な文書の写しから数字等を切り貼りしたりすることで、証明対象日等を偽造した残高証明書等を作成した。偽造された文書自体、このように巧妙に作成されたものである上、監査の際、これらの偽造文書記載の金額と一致させて粉飾処理した決算書と共に提示して行使しており、偽造された各文書の信用を害している。さらに、本件各犯行によって会計監査の目的が妨げられ、何者かによる窃取ないし横領等や被告人による資産運用の失敗によって拡大する財団の資金欠損にしかるべき措置がとられないまま、最終的に1億4000万円以上の資金欠損が生じるに至ったのであるから、生じた結果や影響は重大である。」(山口地方裁判所周南支部判決/令和7年1月14日)
弁護士の解説
銀行や証券会社が発行する証明書は、法人の資産状態を客観的に証明する極めて信頼性の高い文書です。裁判所は「刑事責任は非常に重い」と断じながらも、最終的には懲役3年・執行猶予5年が言い渡されています。
執行猶予が付された主な要因としては、①被告人自身による直接的な「横領(着服)」が立件されたわけではなく、あくまで「隠蔽」が主目的であったこと、②1100万円を超える私財を欠損の補填に充てたこと、③前科がないこと、が挙げられます。
| 気軽に弁護士に相談しましょう |
|
この記事の監修者
刑事事件の弁護に注力する法律事務所の代表弁護士。逮捕回避・早期釈放・不起訴獲得・示談交渉など、被疑者・被告人の権利を守るための迅速な弁護活動に豊富な実績を持つ。痴漢・盗撮・暴行傷害・薬物事件・性犯罪など幅広い刑事事件に対応し、24時間体制で依頼者とそのご家族を全力でサポートしている。

