外患誘致罪(がいかんゆうちざい)とは、外国と共謀して日本国に対し武力を行使させた場合に成立する罪です。刑法第81条に規定されています。法定刑が死刑しかない日本でもっとも重い罪とされています。
「外患(外国や外部から攻撃を受けるおそれ)」を「誘致(招き寄せること)」することから外患誘致罪という罪名となっています。日本には国家反逆罪や国家転覆罪といった名称の罪はありませんが、外患誘致罪は後述する内乱罪や外患援助罪と並んで国家反逆(国家転覆や政府転覆を狙ういわゆる「クーデーター」のこと)の罪となります。
以下では、刑事事件に強い弁護士が、
- 外患誘致罪がどのような場合に成立するのか
- 外患誘致罪が今までに適用された事例はあるのか
- 外患誘致罪と関連した犯罪はなにか
などについてわかりやすく解説していきます。
気軽に弁護士に相談しましょう |
|
目次
外患誘致罪とは
外患誘致罪の定義
外患誘致罪は「外国と通謀して」日本国に対し「武力を行使させた」場合に成立する罪です。刑法第81条に規定されています。
(外患誘致)
第八十一条 外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する。
以下、それぞれについて解説します。
「外国と共謀して」
外患誘致罪の「外国」とは、外国の政府や軍隊、外交使節などの国家機関のことを言います。外国というためには、国民や領土、統治組織などの国を成立させる要素が満たされていれば足り、国際的に国として承認されていることまでは必要ないと解されています。そのため、外国人個人はもちろん、私的に組織された団体やテロ組織は外患誘致罪の外国にはあたりません。テロ組織に加担した場合は、別の法律で処罰される可能性があります。
次に、通謀とは、一般に2人以上の者が特定の犯罪を実行するために示し合わせることをいいます。外患誘致罪での通謀では、外国との間で、日本国に対して武力行使する決意をすることに積極的な影響を与えるような合意をすることが必要です。外国に対し「日本を攻めて欲しい」などと、単に武力行使を依頼しただけでは通謀があったとはいえません。
「武力を行使させた」
外患誘致罪の武力行使とは、国際法上の敵対行為をいうものと解されています。外国に日本国との戦争を勃発させることまでは必要ではなく、たとえば、外国の軍隊に日本国の領土に侵入させた場合や日本国の領土にミサイルを撃ち込ませた場合でも、武力を行使させたことにあたります。一方で、サイバー攻撃や経済制裁、個人、私的団体に対するテロ行為などは外患誘致罪の武力行使にはあたりません。
法定刑は死刑のみ
外患誘致罪の法定刑は死刑のみです。外患誘致罪は国家の存立に重大な脅威をあたえる罪であることから、このような重たい罪となっています。刑法上、法定刑が「死刑のみ」という罪は外患誘致罪以外ありません。もっとも、自首などの酌量減軽に該当する事由がある場合は、酌量減軽により無期懲役や有期の懲役に刑が減軽される可能性はありますので、外患誘致の罪を犯した時点で死刑確定というわけではありません。
なお、外患誘致罪は裁判員法第2条1項1号の「死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件」に該当するため、裁判員裁判の対象事件となります。もっとも、外患誘致罪の法定刑は死刑のみですから、有罪か無罪かを評決する裁判員の精神的負担は計り知れません。また、外患誘致の刑事裁判に裁判員として参加すると、国家転覆を狙う過激な組織による裁判員やその親族等の生命や身体への加害行為も予想されますので、裁判員裁判は実施されずに、裁判官の合議体のみで事件が取り扱われる可能性も十分あるでしょう(裁判員法第3条1項)。
外患誘致罪の例
外患誘致罪に問われるケースとしては、たとえば、政府の内部事情に詳しい人物が国家転覆をもくろみ、日本国と敵対関係にある外国の要人と内密に連絡を取り合い、内部情報をリークし、共に計画を立て、外国の軍隊を日本国内に侵入させたような場合です。
未遂も罪になる
外患誘致罪は未遂も処罰する旨の規定が設けられています(刑法第87条参照)。外患誘致罪の未遂が成立するのは、日本に攻め込むことについて外国と合意したものの、外国が日本に攻め込む前に発覚し、攻め込むことができなかった場合が典型です。
なお、外患誘致罪では未遂までにも至らない、予備、陰謀の段階でも処罰する旨の規定が置かれています(刑法第88条)。外患誘致罪の予備とは、外国に武力行使させるための準備行為を行うこと、陰謀とは、日本に武力行使させることについて外国と計画を立てることです。外患誘致予備罪、外患誘致陰謀罪の法定刑は「1年以上10年以下の懲役」です。
外患誘致罪の時効
外患誘致罪の公訴時効は25年です。
また、外患誘致予備罪、外患誘致陰謀罪の公訴時効は7年です。
外患誘致罪が過去に適用された実例はない
外患誘致罪は、1880年(明治13年)に制定された旧刑法の時代から存在する犯罪ですが、それから今まで、刑事裁判で外患誘致罪が適用され判決がくだった裁判例や判例はありません。
外国と通謀して日本に対して武力行使させるという極めて稀な犯罪であるため、そもそも適用可能性のある事件自体が少なかったというのが一番の理由です。その他にも、法定刑が死刑しかないため、適用を検討する捜査機関や裁判所が適用に慎重にならざるをえなかったということも考えられます。
このように、外患誘致罪が適用された裁判例や判例はありませんが、適用が検討された事件は過去に一度だけあります。それが、昭和16年、近衛文麿政権のブレーンとして政界・言論界に大きな影響力を与えていた元新聞記者の尾崎秀実ら日本人が、ソ連(現:ロシア)のスパイ、リヒアルト・ゾルゲを中心とする組織に日本の国家機密を提供したとして尾崎を含む35名が検挙され、うち18名が起訴された事件(ゾルゲ事件)です。
旧刑法での外患誘致罪での起訴も検討されましたが、最終的には治安維持法違反や国防保安法違反、軍機保護法違反で起訴されました。その後、尾崎は、事件の中心的役割を果たしたとしてゾルゲとともに絞首刑の判決を受けています。
外患誘致罪と関連した犯罪
外患誘致罪を規定する「外患に関する罪」には、前述した外患予備罪、外患陰謀罪のほか外患援助罪が規定されています。また、内乱罪も外患誘致罪と混合されやすいですので、以下、あわせて解説します。
外患援助罪
外患援助罪は、日本に外国から武力行使があったときに、これに加担して軍務に服し、軍事上の利益を与えた場合に問われる罪で、刑法第82条に規定されています。
「軍務に服し」とは、外国の組織の一員として、その組織から支持を受けて活動することです。「軍事上の利益を与え」とは、外国に対して日本の機密情報を提供したり、武器、弾薬を提供することなどが典型です。
外患誘致罪と同様に、外患援助罪にも未遂、予備・陰謀を処罰する旨の規定が設けられています。
一方、外患誘致罪は、日本に対して外国に武力行使させる行為を処罰対象とするのに対し、外患援助罪は、日本が現に武力行使を受けた時点での援助行為を処罰対象とする点に大きな違いがあります。そのため、日本が武力行使を受ける前の援助行為は外患援助罪の処罰対象ではありません。
外患援助罪の法定刑は「死刑又は無期若しくは2年以上の懲役」です。外患誘致罪と同様に、国家の存立を脅かす罪であることから死刑が設けられています。
内乱罪
内乱罪は、国の統治機構を破壊し、又は国の領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動した者を処罰する罪で、刑法第77条に規定されています。
外患誘致罪も内乱罪も国家の存立を脅かす罪という点では同じです。また、内乱罪にも未遂、予備・陰謀を処罰する旨の規定が置かれている点も同じです。
一方、外患誘致罪は外国に武力行使させた者を処罰する罪であるのに対し、内乱罪は日本国内で革命やクーデターを起こした者を処罰する罪という点、内乱罪は革命等の役割によって法定刑が異なる点が大きく異なります。
なお、内乱罪の法定刑は次のとおりです。
- 首謀者:死刑又は無期禁錮
- 謀議に参与し、または群衆を指揮した者:無期又は3年以上の禁錮
- 諸般の職務に従事した者:1年以上10年以下の禁錮
- 付和随行し、その他単に暴動に参加した者:3年以下の禁錮
気軽に弁護士に相談しましょう |
|