殺人罪とは、故意に人を殺すことで成立する犯罪で、刑法199条に規定されています。刑罰は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役です。
(殺人)
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
以下では、殺人罪の構成要件(成立要件)、殺人罪と関連した犯罪について、刑事事件に強い弁護士がわかりやすく解説していきます。
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目次
殺人罪の構成要件(成立要件)
殺人罪の構成要件は、
- ① 人
- ② 人を殺す行為
- ③ 故意
です。
①人
人とは加害者以外の生命ある自然人のことです(したがって法人は含まれません)。
「人の始期」
生命ある人といっても、人によっては胎児も人だと解釈する人がいるでしょう。そのため、いつの段階から法律上の人と解釈するかといった「人の始期」が問題となります。
この点、学者の間では、
- 陣痛開始説(陣痛が開始した時点から人と考える説)
- 一部露出説(胎児が母親の身体から一部でも露出した時点から人と考える説)
- 全部露出説(胎児が母親の身体から全部を露出した時点から人と考える説)
- 独立呼吸説(胎児が母親の身体から露出し、自分で呼吸した時点から人と考える説)
が唱えられていますが、判例(大正8年12月13日)は一部露出説に立っていることから、実務でも一部露出説に従った処理がなされています。
したがって、母体から一部も露出していない胎児を殺害した場合は、殺人罪ではなく「堕胎罪(刑法212条~216条)」が成立します。ただし、医師が父母の同意を得て、妊娠22週未満の胎児を人工妊娠中絶により母体から排出させる行為は違法とはなりません(母体保護法)。
「人の終期」
「人の始期」とは逆に、いつの時点で人が死亡したと解釈するのかといった「人の終期」については、主に以下のような学説が唱えられています。
- 三徴候説(心停止・呼吸停止・瞳孔拡大の3つの徴候によって死亡判定する説)
- 脳死説(脳死を人の死とみる説)
刑法では現在のところ三徴候説が一般的に採用されています。そのため、脳死状態の人を殺害した場合も殺人罪が成立します。逆に、人を殺害しようとしたところ、被害者が脳死状態にとどまった場合は、殺人罪ではなく殺人未遂罪が成立します。
なお、仮に脳死説を採用した場合には、脳死状態の人をナイフで刺す、臓器を取り出す等の行為は、殺人罪ではなく、死体損壊罪(刑法190条)の成否が問題となります。
②人を殺す行為
人を殺す行為とは、人を殺す意図(故意)をもって、人の生命を断絶する行為のことです。人を殺す行為の手段・方法は問いません。刺殺、斬殺、絞殺、溺殺、扼殺、射殺、焼殺、毒殺などが典型です。
また、何か行動すること(作為)による殺害のみならず、何もしないこと(不作為)による殺害も人を殺す行為に含まれます。不作為による殺害の例としては、
- 子どもの扶養義務を負う母親が、子どもを殺す意図であえて授乳せずに餓死させた場合
- 真冬に、交通事故で重傷を負わせた被害者を人通りの少ない場所まで運び、凍死させた場合
などが典型です。
もっとも、不作為による殺害行為というためには、被害者に対する法的な保護義務があったといえることが前提です。したがって、散歩中に池に溺れている人をたまたま見つけたものの、助けずにその場から立ち去り人を溺死させてしまったという場合、人を助けるべきという道義的責任はあるものの法的な責任があるとまではいえないため、不作為による殺人罪は成立しません。また、法は人に不可能なことを強いることはできませんから、不作為による殺人罪が成立するためには作為の可能性、すなわち、一定の行為を行うことの可能性が必要です。
③故意
殺人罪の故意は、加害者が自分の行為によって人を死亡させてしまうことを認識し、そうなっても構わないという認容のもと、あえて殺害行為を行った、という場合に認められます。被害者の死亡という結果が発生することを希望することまでは必要ありません。
また、上記のように結果の発生(殺人であれば人を死亡させてしまうこと)を認識している故意を確定的故意といいますが、故意の種類はそれだけに限りません。確定的故意のほかに未必的故意、択一的故意、概括的故意があります。
未必的故意とは、人を死亡させてしまう「かも」しれないが、そうなっても構わないという場合のように、結果の発生を確実なものとして認識・認容していないものの、それが可能なものとして認識・認容している場合の故意です。
択一的故意とは、A・Bいずれかを殺すつもりで拳銃を発砲したものの、そのいずれかに命中するかは不確実だったというように、いずれか一方を死亡させることの認識・認容はあったものの、いずれが実現するかについては不確実だった場合の故意です。
概括的故意とは、家族(A・B・C)のいずれかを殺すつもりで毒物を入れたに荷物を家族宛てに郵送し、Cに毒物を飲ませ死亡させたというように、一定範囲の人のいずれかを死亡させることの認識・認容はあったという場合の故意です。
故意を欠く場合について
殺人罪の故意を欠いたものの、暴行の故意をもって人を死亡させるという結果を発生させたという場合は、殺人罪ではなく傷害致死罪(刑法205条)が成立します。暴行の故意もなかった場合には、過失致死罪(刑法210条)、業務上過失致死罪(刑法211条)などが成立します。
殺人罪に関連する罪
次に、殺人罪に関連する罪について解説します。
同意殺人罪(嘱託殺人罪・承諾殺人罪)
同意殺人罪は、人から嘱託を受け、又は、承諾を得て人を死亡させた場合に問われる罪です(刑法第202条後段)。
嘱託を受けてとは、人から積極的に殺害を依頼されることです。承諾を得てとは、人から殺害されることについて同意を得ることです。前者を嘱託殺人罪、後者を承諾殺人罪ともいいます。
嘱託・承諾があったといえるためには、被害者自身の嘱託・承諾であったこと、嘱託・承諾できる能力のある者の自由かつ真実の意思に出たものであること、殺害以前に嘱託・承諾があったこと、が必要とされています。したがって、幼児から嘱託を受けても同意殺人罪ではなく殺人罪が成立します。
また、死亡する気はないにもかかわらず「殺してくれ」と頼まれたため殺害したという場合も同意殺人罪ではなく殺人罪が成立します。真実の嘱託・承諾がないのにあると誤信して殺害した場合は、その誤信が真実であれば殺人罪ではなく同意殺人罪が成立します。
同意殺人罪の罰則は「6月以上7年以下の懲役又は禁錮」です。
自殺関与罪
自殺関与罪は、人の自殺に関与した場合に問われる罪です(刑法第202条前段)。
自殺とはその意味を理解できる人がその自由な意思決定に基づいて命を絶つことをいいます。したがって、自殺の意味を理解していない者(幼児など)を死亡させた、自殺を強制して死亡させたという場合は自殺関与罪ではなく殺人罪が成立します。
関与の方法は「教唆」と「幇助」です。
教唆による自殺とは、自殺の意思のない者に自殺を決意させて自殺させることです。教唆行為が悪質で、自殺者の意思決定の自由度が失われていたと認められる場合は、自殺関与罪ではなく殺人罪が成立します。
幇助による自殺とは、すでに自殺の意思がある者の自殺を援助すること、手助けすることです。幇助行為は自殺者に器具を提供するなどの有形的方法のほか、言動による無形的方法も含まれます。
自殺関与罪の罰則は「6月以上7年以下の懲役又は禁錮」です。
(自殺関与及び同意殺人)
第二百二条 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。
強盗殺人罪
強盗殺人罪とは、強盗が人を死亡させた場合に成立する犯罪です。
「強盗」とは、強盗犯人を指し、強盗罪(刑法第236条)、事後強盗罪(刑法歳238条)、昏睡強盗(刑法第239条)の既遂犯及び未遂犯が含まれます。
人を「死亡させた」とは、強盗の機会に死亡結果が生じることで足りると解されています。判例も強盗殺人罪については、強盗をなす機会において他人を殺害することによって成立すると判断しています。強盗の機会には残虐な行為が行われることが少なくないため、重い情状として強盗殺人罪が規定されていると考えられています。
死亡結果について故意がある場合につい判例は、殺人罪と強盗罪の両罪が成立するのではなく、強盗殺人罪のみが成立すると判断しています。
強盗殺人罪の罰則は、「死刑または無期懲役」が科されることになるため非常に重い刑罰であると言えます(刑法第240条参照)。
堕胎罪
堕胎罪とは、妊娠中の女子が薬物を用い、またはその他の方法により、堕胎した場合に成立する犯罪です。
「堕胎」とは、自然の分娩期に先立つ胎児の人工的排出のことをいいます。胎児が死亡することは堕胎の要件ではありません。
「胎児」とは、受精卵が子宮内に着床して以降の状態を指しますので、受精卵が子宮内に着床することを妨害する行為は「堕胎」には該当しません。
以上より、「母胎内」の胎児の生命・身体については堕胎罪の規定により保護され、「母体外」に出た後は「人」に対する罪(殺人罪等)が成立することになります。
堕胎罪の刑罰は「1年以下の懲役」が科されることになります(刑法第212条参照)。
なお第三者が女子の嘱託や承諾を得て堕胎させた場合には「同意堕胎罪」が、嘱託・承諾を受けずに堕胎させた場合には「不同意堕胎罪」が成立することになります(刑法第213条、215条参照)。さらに「よって女子を死傷させた」場合には堕胎致死罪が成立することになります。
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