預貯金の仮払い制度とは、一定額を上限として、遺産分割が成立する前でも各法定相続人が被相続人の預貯金を銀行から出金できる制度です(民法第902条の2)。民法改正により新設され、2019年7月1日に施行されています。ひとつの金融機関から引き出せる預金の上限額は150万円までとなっています。
この記事では、相続に強い弁護士が、
- 預貯金の仮払いの手続き方法、引き出し上限額、必要書類
- 預貯金の仮払い制度で注意すべきポイント
などについてわかりやすく解説していきます。
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目次
預貯金の仮払い制度が新設された経緯
被相続人が死亡した場合、金融機関の預貯金は相続人全員の共有財産となります。そのため被相続人が死亡すると生前利用していた銀行などの口座は凍結されることになるのが銀行などにおける扱いです。そのため従前では、遺産分割が済むまで、あるいは、相続人全員の同意がない限りは預金の引き出しが不可能となっていたのです。
相続開始後は、被相続人の入院費や葬式に関連する費用の支出、被相続人の借金返済など、なにかとお金がかかるものです。相続人としては、これらの費用は当然相続財産の中から支払いたいと思うのは当然のことでしょう。
しかし、遺産分割協議が成立するまではかなりの時間を要することが多く、相続人間で紛争が生じれば数年かかることも。また、相続人同士の仲が悪く預貯金の引き出しに同意してくれない場合も考えられます。
そのような場合、銀行などにいくら預貯金がたくさん預けてあったとしても、まったく現金を引き出すことができず、被相続人と同居していた法定相続人が生活費に困るなど様々な問題が生じていました。これは、従来の相続法の扱いでは、遺産分割前に法定相続人が単独で預貯金の引き出しを認める制度がなかったためです。
そこでこの問題の解決を図るため、遺産分割前における預貯金の仮払い制度が新設されることになりました。
預金の仮払い制度の手続き方法
被相続人の預貯金の払い戻しに関しては2種類の方法が設けられることになりました。ひとつは全く新しい制度である金融機関の窓口で直接行う方法です。そして2つ目は、従来から存在した家庭裁判所での手続き要件を緩和し、より利用しやすくされた方法となります。
こちらでは、それぞれの手続き方法や払い戻しの限度なくなどについてご紹介させていただくことにします。
当事者にとって、それぞれ利用しやすい方を選択するとよいでしょう。
①金融機関で行う方法
こちらは、口座のある銀行などに出向き、直接窓口で預貯金の払い戻しを受ける方法です。この方法は家庭裁判所などを通さず、金融機関と直接的にやり取りする方法であるため、一番手っ取り早い方法といえます。
ただしこの方法では、ひとつの金融機関から引き出せる金額に限度額が定められているため、これを超える金銭が必要である場合には、後述の家庭裁判所に申し立てて行う必要があります。
仮払いが認められる限度額(一つの銀行につき150万円まで)
遺産分割前に払い戻しが受けられるとは言っても、さすがに預貯金全額を引き出すことは認められません。法律上、一定額までの制限があるのです。この制限額は、つぎのような計算をすることによって求めることができます。
なお、法改正により新設された預貯金債権の仮払い制度は、あくまでも被相続人の死亡に関する諸費用の支払いや相続人の当面の生活費、相続債務の支払いに必要な場合などに備えるためというのが基本的な法律の趣旨です。つまり、あとに残された相続人が、相続から発生する各種費用の支払いや当面の生活に困らないようにすることが主たる目的なのです。
このため、上記計算方法によって算出された金額が高額となったとしても、ひとつの金融機関から引き出せる金額は、別途法務省令によって限度額が定められています。
法務省令では、この限度額を150万円と定めることとなりました。このため上記計算式によって算出された引き出し可能額が、この金額を超える場合であったとしても、ひとつの金融機関からは150万円までしか引き出せないことになります。
裏を返せば、被相続人が複数の金融機関に預金していた場合には、それぞれの金融機関ごとに150万円まで仮払いを受けることができます。
仮払い限度額の具体例
仮払い限度額が実際にどのようになるのかについて、つぎのような事例で考えてみることにしましょう。
- 相続財産:ゆうちょ銀行に預貯金1500万円、みずほ銀行に預貯金600万円
- 相続人:被相続人の配偶者、子ども二人
この場合、配偶者の法定相続分は財産の2分の1、子ども二人のそれぞれの法定相続分は4分の1(2分の1×2分の1)です。以下は、ゆうちょ銀行とみずほ銀行に分けて、配偶者とそれぞれの子どもが預貯金の払い戻し制度により銀行から引き出せる額の具体例です。
ゆうちょ銀行のケース(被相続人の預貯金1500万円) | ||
法定相続人 | 計算式 | 実際に引き出せる額 |
配偶者 | 1500万円 × 3分の1 × 2分の1 = 250万円 | 上限が150万円のため引き出せるのは150万円 |
子ども | 1500万円 × 3分の1 × 4分の1 = 125万円 | 150万円以内なので引き出せるのは125万円 |
みずほ銀行のケース(被相続人の預貯金600万円) | ||
法定相続人 | 計算式 | 実際に引き出せる額 |
配偶者 | 600万円 × 3分の1 × 2分の1 = 100万円 | 150万円以内なので引き出せるのは100万円 |
子ども | 600万円 × 3分の1 × 4分の1 = 50万円 | 150万円以内なので引き出せるのは50万円 |
ゆうちょ銀行とみずほ銀行のそれぞれの引き出し可能額を合算すると、以下となります。
- 配偶者:150万円+100万円=250万円
- 子ども:125万円+50万円=175万円(二人の子がそれぞれ引き出せる金額です)
必要書類
- 相続人の身分証明書
- 相続人の印鑑証明書
- 被相続人が生まれてから死亡するまでの連続した戸籍謄本または法定相続情報一覧図
- 申請書類(各金融機関により書式が異なります)
ただし、金融機関によっては、相続人全員の戸籍謄本(または戸籍抄本)の提出を求められるなど、各金融機関により必要書類が異なる場合がありますので事前の確認が必要です。
②家庭裁判所で行う方法
遺産分割前に預貯金の払い戻しを求める場合には、家庭裁判所に申し立てて行う方法もあります。上記の金融機関に直接請求する場合と異なり、仮払い可能とされる金額に上限額の制限がない(ただし、法定相続分まで)ことがメリットです。
家庭裁判所で預貯金の仮払いの手続きを行うためには、以下の2つの手続きを踏む必要があります。
- ①遺産分割協議調停(または審判)の申し立て
- ②預貯金の仮払いの申し立て
まず、預貯金の仮払いを求めるためには、遺産分割協議調停または審判の申し立てをする必要があります。そのうえで、家庭裁判所に対して、さらに預貯金の仮払いの申し立てを行う必要があります。
この際には、預貯金の仮払いを求める金額や、そのお金がどうして必要なのかなどの理由を説明することになります。たとえば、被相続人が多額の借金をしており、前述の「金融機関に直接仮払いを求める方法」で引き出せた預貯金の額では支払えないといったこともその理由となるでしょう。
家庭裁判所がそれらの事情を考慮し仮払いの必要があると判断した場合には、共同相続人の利益を害さない範囲で預貯金の仮払いの金額を定め、仮処分命令を発します。そして審判書の謄本(または審判確定証明書)と印鑑登録証明書を金融機関に提出することで払い戻しを受けることができます。
ただし、上記の通り、家庭裁判所の手続きで仮払いを受けるには、遺産分割協議の調停または審判を申し立てる必要があり、払い戻しを受けるまでに時間がかかってしまいます。そのため、緊急を要する費用の仮払いを希望する場合にはこの方法は適さないといえるでしょう。
預貯金の仮払い制度で注意するポイント
仮払い制度を利用できないことがある
遺言により特定遺贈(財産を指定して行う遺贈。たとえば「A銀行の預貯金」と遺言で指定)がされている場合や特定の法定相続人に対して「相続させる」趣旨の遺言がある場合には、仮払制度を利用することができなくなる可能性が高いです。
なぜなら、特定遺贈については、遺言者死亡により遺言の効力が発生すると、特定遺贈の対象とされている財産の所有権は受遺者に移動することになるからです。そのため特定遺贈の対象となった財産が預貯金である場合、その預貯金は遺産分割の対象外であるため仮払制度の対象でなくなります。
また、特定の法定相続人に「相続させる」と書かれた遺言は、その内容の趣旨が遺贈であることが明らかであるか、遺贈と解すべき特段の事情がない限り、「遺産分割方法の指定」と解されています。この場合、遺言の効力が発生(遺言者死亡時)すると、ただちにその相続人へ財産が承継されることになります。したがってこの場合にも、その預貯金に関しては遺産の範囲から外れることになるため仮払いの対象財産とはならないのです。
相続放棄できなくなる可能性がある
預貯金の仮払い制度を利用すると、「相続放棄」ができなくなる可能性があります。
相続財産には、現金や預貯金のような積極財産のみならず、借金や延滞金のような消極財産も含まれます。
したがって民法は、積極財産よりも消極財産の方が多くなるような場合を想定して、相続人に相続放棄の手続きを認めています。家庭裁判所に各々の相続人が相続放棄の申述をすることで、プラスもマイナスも含めた全ての相続財産を承継しないことになります。
しかし、預貯金の仮払い制度を利用すると、この相続放棄ができなくなる可能性があるのです。
なぜなら相続人が相続財産を処分・消費してしまった場合には、単純承認をしたものとみなされるからです(民法第921条参照)。
ただし、相続財産から相当な範囲で葬儀費用に充てる行為は、単純承認とはみなされていないため、そのような場合には依然として相続放棄ができる可能性があります。
しかし、自身の生活費や物品の購入、借金の返済などに充てた場合には「処分」したことになるため相続放棄は認められなくなります。
相続放棄を検討している相続人の方は、容易に預貯金の仮払い制度を利用しないようにしておくほうが良いかもしれません。
まとめ
今回は、民法改正により新設された、2019年7月1日施行の「預貯金の仮払い制度」についてご紹介しました。
従来の法制度には、今回ご紹介したような預貯金の仮払い制度が存在しませんでした。このため相続人は、被相続人の口座からお金を引き出すためには相続人全員の同意があることを証明する必要があるなど、手続き上問題とされることがありました。
しかし新設された預貯金の仮払い制度によりこの問題が解消されています。ぜひこの知識を活用し、相続に関する諸手続きを効率的に行っていただければと思います。
ただし、仕事などが忙しく、また、手続きが煩雑でご自身では手続きが行えないといった事情のある方は弁護士に相談しましょう。弁護士に一任することで被相続人に借金などのマイナス財産がないかの調査や、裁判所を介した手続き、他の相続人との交渉も代理してくれます。
当事務所では、相続全般の手続き、相続におけるトラブルの予防・解決を得意としており実績があります。親身誠実に弁護士が依頼者を全力でバックアップしますので、相続に関してお困りの方は当事務所の弁護士までご相談ください。お力になれると思います。
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