特定の子供に財産を残したくて遺言書を残したのに、財産を分けたくない他の子供から遺留分減殺請求をされてしまったら、財産をうまく残してあげることができなくなります。
その逆に、自分が知らないうちに両親の相続が始まっていることでトラブルになることがあります。「遺言書があったから」といって全財産を他の兄弟が相続し、気がついて遺留分を主張しようと思ったときには全て終わっていた、というケースです。
遺留分が主張できなくなるわけではありませんが、相続手続きが全て終わってから戦うのはエネルギーが必要ですし、手間もかかります。相当大変です。今回は、相続に関するよくあるトラブルのひとつ・遺言書と遺留分の関係について解説します。
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目次
遺言書と遺留分の関係
まずは、簡単に遺言書と遺留分の関係についてご紹介しましょう。
遺言書とは
遺言書は、亡くなる前に「誰に財産を残したいか」や「未成年の子供などがいるときに、その世話を自分の死後誰に頼みたいか」など、自分が死んだ後の財産周りのことについての意思表明をするための書面です。
遺言書の効果が発生するのはその人が亡くなった後なので、書いた本人がいない状況では訂正することができません。そのため、遺言書は相続人や第三者が見ても法的効果がわかるよう、書かなければならないことが法律で決められています。
また、故人の意思に反して第三者が書き換えられないように、自筆であっても裁判所の検認が必要になるなど法的に保護されています。
遺留分とは
遺留分とは、直系尊属や配偶者、子供に対して、被相続人の財産の中から一定割合は必ず相続する権利が認められる財産のことです。配偶者や子供は被相続人と生計を一にしていることが多いため、相続財産が一切受け取れないとなると、経済的に困窮する恐れがあるためです。
遺言書で遺留分が侵害されていたら、遺留分は主張できない?
例えば子供が3人いる父親が死亡し、遺言書で「子供Bに全財産を相続させる」という趣旨の意思を残していたとしたら、遺留分は遺言書に優先するのでしょうか?
「遺留分とは」のところでも書いたとおり、遺留分には「遺された人の経済的なサポート」という意味合いも含まれています。
そのため、どんな遺言書が残っていたとしても、遺留分に影響することはありません。
公正証書遺言と遺留分はどちらが優先する?
これは、遺言書が公正証書遺言であっても同じです。遺言書と遺留分については、民法902条によって「遺留分に関する規定に違反することができない」と明記されています。
公正証書遺言は、公証人を間に入れることによって遺言書の法的効果を担保し、法的にも無効とならない遺言書を作ることができるというメリットがありますが、遺留分との関係は自筆での遺言書と変わりません。
遺言書で自分に相続財産がないとされたときの対策法
では、「子供Bに全財産を相続させる」という遺言書が残っていたとき、遺言書で相続財産を残されなかった他の子供や配偶者はどんな対策ができるのでしょうか?
遺留分を侵害している遺言書も有効である
まず原則として押さえておきたいのが「遺留分を侵害している遺言書は自動的に無効になるわけではない」ということです。
遺言書には法的にルールが定められており、自署がない、日付がないなどの遺言書は無効とされやすいもの。しかしそれでも当然に無効となるのではなく、相続人から「この遺言書は無効だ」という主張があって初めて、無効かどうかが決められることになります。それは、遺留分を侵害している遺言書も同じです。
ただ、遺言書の無効を主張しなくても、遺留分減殺請求をすることで自分の遺留分を主張することができます。
遺留分減殺請求
遺留分減殺請求は必ずしも調停や訴訟で行う必要はなく、「私にはこれだけの遺留分があるので、それを請求します」と全相続人に意思表示をすることで権利を主張したことになります。費用や手間がかからずできるため、まずは遺留分減殺請求を行います。
遺留分減殺請求をしたけれど話し合いで解決しないときには、遺留分減殺請求調停、または訴訟を起こすことになります。
遺言書無効確認訴訟を起こすときの注意点
被相続人が長らく認知症だったのに遺言書が残っているなど、遺言書の有効性自体が疑わしいと考えられるときには、遺言書無効確認訴訟を起こすことも考えられます。遺言書無効確認訴訟で勝訴すれば、遺言書が無効ということになります。
そこで、改めて相続人全員で遺産分割協議をして、誰がどの財産を相続するのかを協議で決めることになります。遺言書無効確認訴訟だけでは、誰に相続財産をどれくらい渡せばいいのかというところが明確に決められることはありません。
遺言書が無効だという判決が出たとしても、相続人間で揉めている事態は変わらず、なかなか遺産分割協議がまとまらないということも起きるでしょう。このとき、「遺産分割協議が長い間まとまらなかっとしても、最終的には遺留分減殺請求をすればいい」と思っていたら危険です。
遺留分減殺請求は、相続の開始を知ってから1年という時効があるからです。
遺留分減殺請求と無効確認訴訟は並行できる?
遺言書無効の主張と遺留分減殺請求はどちらを先に行うべきなのでしょうか?これについては決まった順序はありません。ただ、遺留分減殺請求は民法1042条により、このように定められています。
民法第1042条(減殺請求権の期間の制限)
減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
このように、相続開始を知ってから1年以内に行使しなければ時効によって消滅し、それ以降は遺留分減殺請求を主張することができなくなるので注意しましょう。
よくあるのが、「知らない間に相続が終わっていて、兄弟が全ての財産を勝手に得ていた。相続から5年後に自分はそのことを知ったが、なんとかならないか」というようなご相談です。
相続から5年経過しているため遺留分減殺請求ができないのでは?と思われますが、ご本人が相続の事実を知ってから1年以内であれば遺留分減殺請求権を行使できます。
ただ、相続から10年が経過してしまっていれば、相続の事実を知ってから1年以内であっても遺留分減殺請求権は行使できません。
「この遺言書は無効だ」と遺言書の無効を争いたいと考えているときには、遺言書が無効になったあとにどうするかという、先のことまでしっかりと見据えておくことが大事です。
また、遺言書無効確認訴訟を起こしたからといって、遺留分減殺請求の時効が中断することはありません。ここは注意が必要です。
遺言書なしの遺留分対策
次に、立場を変えて「被相続人が特定の人に財産を渡したい」と考えている場合について解説します。配偶者にだけ財産を渡したい、特定の子供に財産を渡したい、と考える人は珍しくありません。しかし、遺留分のことを考えるとそれは難しそうです。
このとき、遺留分を主張させないためにはどんな方法があるのでしょうか?
遺留分を放棄させる
もっとも簡単で効果があるのが、遺留分を放棄させることです。相続放棄は被相続人が亡くなって相続が開始した後でしかできませんが、遺留分の放棄は被相続人が生きている間に手続きをすることができます。
裁判所を通じて手続きをしなければならないため、裁判所が「遺留分の放棄が相当である」と判断できる材料を揃える必要などはありますが、この方法が一番確実です。
相続人廃除の手続きをとる
生前に虐待や暴力などを受けていたなどの一定の理由があれば、法定相続人を相続人から外すことができます。これを「廃除」といいます。廃除の理由については、民法892条により、①虐待②重大な侮辱③その他著しい非行の3つが例示されています。
単に仲が悪いだけでは廃除の正当な理由にはなりませんが、日頃から暴力を振るわれていた、名誉を著しく毀損されたなどの行為があれば、その法定相続人を廃除することができます。廃除された人は相続人としての地位を失うため、遺留分も有しません。
生前は家庭裁判所への審判申立
相続人を廃除する手続きは、被相続人が生きている間に行うか、死後に行うかで手続きが異なります。生前に行うときは、家庭裁判所にて「推定相続人の廃除の審判」を申し立てる手続きをとることになります。
遺言による廃除
生前に廃除の審判申立ができないときには、遺言書の中で廃除の意思を表示することもできます。遺言書の中で廃除の意思を表明しておくことで、遺言執行者が家庭裁判所にて廃除の審判申立を行うことになります。
もし遺言執行者を指定しないときは相続人などが廃除の申立をすることになりますが、そうすると利害関係が複雑になったり溝が深まったりすることも考えられます。できるだけ、第三者的な立場にある遺言執行者を選任しておきましょう。
遺言書で相続財産を指定する
遺留分をゼロにすることまでは考えられないとしても、「この土地だけは長男に渡したい」など、相続財産の一部を特定の人に相続させたい、と思うこともあるでしょう。その場合は、遺言書で「誰にどの財産を相続させるのか」を指定するという方法もあります。
注意しておきたいのは、遺留分を考慮した指定にしておくことです。例えば、相続財産が1億円あり、そのうち自宅不動産の価値が9,000万円、相続人が子供5人というような場合、それぞれの遺留分は1,000万円となるため、長男だけが自宅不動産を相続することが難しいケースもあります。
遺言書の付言事項を使う
遺言書には、法的効果が認められる財産部分や身分関係の記載のほかに、「付言事項」といって、法的な効果が認められないことも記載することができます。遺言書は最後の意思表示でもあります。それまで抱えていた気持ちを遺言書に託したり、法的に強制はできないけれどお願いしたいことがあるとき、感謝の気持ちを伝えるときなどに付言事項が使われます。
この付言事項を利用して、「どうして長男にこれだけの財産を相続させたいのか」「なぜ次男には相続財産を渡したくないのか」などの率直な思いを記載することにより、被相続人の意図を相続人に伝えることができます。
付言事項を書いたからといって遺留分を剥奪することはできませんが、相続人に財産の配分を委ねることはできます。遺留分は減殺請求をせずに権利行使されなければ問題にはなりません。
価格弁償をする
遺留分を主張されたとしても、特定の財産を特定の人に渡したいと考えるなら価格弁償という方法もあります。例えば先ほどの1億円のうち9,000万円が自宅不動産で、それは長男に渡したいというケースです。
他の4人の相続人は、それぞれ1,000万円ずつの遺留分を主張することができます。このとき、不動産は長男が相続し、他の相続人には現金で1,000万円ずつ渡すことにします。それが価格弁償です。
価格弁償については、民法1041条によって認められています。
民法第1041条(遺留分権利者に対する価額による弁償)
1. 受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
価格弁償は相続人(この場合は長男)が行うことになります。
まとめ
遺言書と遺留分の関係についてご紹介しました。特定の相続人に財産を渡したくない、遺留分を剥奪したいと被相続人が考えるケース。それから、知らないうちに相続が終わっていて、相続財産を受け取ることができなかったという相続人が入るケース。これらのケースで問題になるのが遺留分です。
遺言書が残されていても、基本的に遺留分の方が優先されます。虐待されたなどの事情があって絶対に相続財産を渡したくないという場合は、遺留分そのものを剥奪するしかありません。
遺言書や遺留分については基本的に家庭裁判所が絡んでくる手続きが多くなるため、面倒でも専門家を入れたほうがいいケースが多いのが特徴です。相続人、被相続人、それぞれに納得のいく相続にするために、必要なことを押さえておきましょう。
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