不動産侵奪罪(ふどうさんしんだつざい)とは、他人の不動産を侵奪した場合に成立する犯罪です。刑法第235条の2に規定されています。罰則は10年以下の懲役です。不動産侵奪罪は刑法第36章「窃盗及び強盗の罪」に置かれており、不動産の窃盗罪とも言われています。
この記事では、刑事事件に強い弁護士が、
- 不動産侵奪罪とはどのような犯罪か
- 不動産侵奪罪の罰則、構成要件(成立要件)、時効
- 不動産侵奪罪の判例(具体例)
などについてわかりやすく解説していきます。
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目次
不動産侵奪罪とは
冒頭でお伝えした通り、不動産侵奪罪とは、他人の不動産を侵奪した場合に成立する犯罪です(刑法第235条の2)。
不動産侵奪罪は、刑法第36章「窃盗及び強盗の罪」の章に規定されており財産犯として処罰の対象とされていることが分かります。不動産に対して事実的支配することによる侵害を犯罪として処罰することを目的として規定されています。
不動産侵奪罪が創設された経緯
不動産侵奪罪には、以下のような創設の経緯が存在しています。
昭和27年(1952年)に、大阪府梅田市に現在マルビルが建っている土地に、一夜にして数十件のバラック小屋が建てられました。このような不法バラック建築物を土地の権利者である業者が従業員40数名を動員して1時間程度で破壊したことが刑事事件となった事案です。
土地の所有者が不法占拠する居住者の承諾をとることなくバラックを取り壊したことによって、土地の権利者である壊した側が器物損壊罪などの容疑で逮捕されてしまいました。
同事件の第一審では、バラックを取り壊した土地の権利者の側に「器物損壊罪で懲役4カ月、執行猶予1年」の有罪判決が出されました。続く第二審では、権利者の側に正当防衛が認められ無罪判決が出されました。
この事件の裁判は長期化し、社会的に大きな関心を集めることになりました。
前提として、「土地を不法に占拠している側に違法性があるのではないか」「バラックを勝手に建てられて撤去したら犯罪になるのはおかしい」という議論が社会問題となり、「不動産の不法占拠の問題」を刑法において規定すべきであるという気運が高まりました。
このような経緯で、昭和35年(1960年)5月、「不動産侵奪罪」という形で不動産に対する事実的な支配による侵害が厳罰化されることになりました。
罰則
不動産侵奪罪が成立した場合には、「10年以下の懲役」が科されることになります(刑法第235条の2)。
窃盗罪の法定刑は、「10年以下の懲役」または「50万円以下の罰金」です(刑法第235条)。
したがって、不動産侵奪罪には罰金刑がない点で、窃盗罪よりも重い犯罪であると考えことができるでしょう。
公訴時効
不動産侵奪罪の公訴時効は「7年」です。
公訴時効の期間については法定刑の上限を基準に決定されています。
「不動産侵奪罪」の法定刑は、前述のとおり「10年以下の懲役」です(刑法第235条の2)。そして、これは「人を死亡させた罪」以外で「長期15年未満の懲役」にあたるため、公訴時効は「7年」となります(刑事訴訟法第250条2項4号参照)。
公訴時効は、「犯罪行為が終わった時」から進行すると規定されています(刑事訴訟法第253条参照)。この「犯罪行為が終わった時」とは、刑法に規定されている結果を含んでいると考えられています。
以上より、不動産侵奪罪は、不動産を事実上支配する行為が終わった時から公訴時効が進行すると考えられます。
時効取得について
他人の不動産を長期間にわたり占有し続けると、その所有権を取得するという民法上の制度があります。これを「時効取得」といいます。
そして民法第162条1項には「20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する」と規定されています。
つまり、不動産侵奪罪にあたる行為、すなわち、他人の不動産を侵奪した場合でも、20年以上占有を続ければその不動産を時効取得することが可能になる場合があります。
ただし、「平穏・公然」という要件があることから、暴力・隠匿して占有を開始した場合には時効取得は成立しません。
親族相盗例の適用について
「配偶者、直系血族又は同居の親族との間で」一定の財産犯を犯した者については、その刑を免除するという規定が存在しています(刑法第244条1項)。このような規定は「親族相盗例」といいます。
不動産侵奪罪は親族相盗例の適用を受けますので、配偶者、直系血族(子・孫・父母・祖父母など自分を中心に見た場合の上下の血族)または同居の親族(親族とは、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族です)との間で不動産侵奪罪にあたる行為をしたとしても刑が免除されます。
不動産侵奪罪は基本的には親告罪ではない
被害者等の告訴がなければ検察官が起訴(公訴の提起)をすることができない犯罪を親告罪といいますが、不動産侵奪罪は基本的には、親告罪ではありません(非親告罪)。
ただし、不動産侵奪罪は、犯人と被害者の間に一定の身分関係がある場合には親告罪となると規定されています。具体的には、配偶者・直系血族・同居の親族「以外の親族」との間で同様の犯罪を犯した場合については、「告訴がなければ公訴を提起することができない」と規定されています(刑法第244条2項)。
このように犯人と被害者との間に一定の身分関係があることで親告罪となるため注意が必要です。
親告罪について「犯人を知った日から6カ月」を経過した場合、告訴ができないことになります(刑事訴訟法第235条第1項参照)。
不動産侵奪罪の構成要件
不動産侵奪罪の構成要件は、以下のとおりです。
- 他人の不動産を
- 侵奪した
「他人の不動産」とは
「他人の不動産」とは、他人が所有する土地と建物です。
民法では、「土地及びその定着物は、不動産とする」と規定されています(民法第86条1項)。
不動産は、地表、地下のほか空中も含みます。
「侵奪」とは
「侵奪」とは、「不法領得の意思」をもって、不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己または第三者の「占有に移す」ことをさします。他人の土地に勝手に住居を建てて住み始める行為が典型例です。
ただし、他人の不動産の一時使用と評価できる限りは、不動産侵奪罪には該当しません。「不法領得の意思」とは、所有者を排除し他人の物を自己の所有物として経済的用法に従い利用・処分する意思のことをさします。そのため、例えば他人の家の駐車場に一時的に無断駐車したとしても、権利者を完全に排除する意思(不法領得の意思)まではないため、不動産侵奪罪は成立しません(住居侵入が成立する可能性はあります)。
また、「占有に移す」とは、事実上の占有を設定るすことですので、例えば地面師(不動産の本当の所有者になりすまして買主から代金を騙し取る詐欺師)が他人の不動産登記を自己名義に不正登記をするなど、法律的に占有を侵奪する行為は不動産侵奪罪にあたりません。
「侵奪した」といえるかどうかについては、
- 不動産の種類や占有侵害の方法・態様
- 占有期間の長さ
- 原状回復の難しさ
- 占有排除・占有認定の意思の強さ
- 被害者に与えた損害
などを考慮して総合的に判断されることになります。
不動産侵奪罪にあたる具体例(判例)
①他人の土地に畑を作る行為
他人の土地に勝手に畑を作る行為は、不動産侵奪罪が成立する可能性が高いです。
他人の土地を無断で耕し、植物などを植える行為は、不動産所有者の占有を排除し、これを自己の占有に移したと評価することできます。
ただし、現状回復が容易であって、土地所有者の受ける損害も皆無に等しい場合には、「侵奪」にはあたらないとされた事案もあります(大阪高等裁判所昭和40年12月17日判決)。
②河川の敷地を占有する行為
河川の敷地であっても不動産侵奪罪が成立する可能性はあります。
他人所有の空き地を資材置き場や居住場所として無断使用する場合には、他人の不動産を侵奪したと評価されるケースがあります。
例えば、勝手に資材を置いている場合であっても、容易に除去しえないコンクリートブロック塀を築造する場合には、一時使用から侵奪へと質的変化を遂げたと評価された裁判例があります(最高裁判所昭和42年11月2日決定)。
他方で、河川敷で見かけるホームレスがビニールシートを使って建てた家のような容易に解体できる簡易建築物については、原状回復の困難性や相手に与える損害も低いことから不動産侵奪罪の成立は否定されています(最高裁平成12年12月15日判決)。
③隣家が越境する行為
土地の所有権については、その土地の上下にも及びます(民法第207条)。したがって、土地の占有には、地表面のみならずその土地の上側の空間や地下の空間の事実的支配も含むと考えられています。
判例上も自己の居住する家屋の二階部分を増築する際、隣接する他人の土地上に突き出して建築させる行為は、その土地の占有を妨げるものであるとして、不動産侵奪罪の成立が認められたものがあります(大阪地方裁判所昭和43年11月15日判決)。
不動産侵奪罪以外の土地に関する犯罪
不動産侵奪罪以外の土地に関する犯罪については、「境界損壊罪」があります。
「境界損壊罪」は、「毀棄及び隠匿の罪」の章に規定されています。
同罪は、境界標を損壊・移動・除去等し「土地の境界を認識することができないようにした」場合に成立する犯罪です(刑法第262条の2)。
この「境界」とは、土地の所有権の境界のみならず、地上権、抵当権、賃借権などの境界も含まれ、都道府県や市区町村の境界も含まれます。「境界を認識することができないようにした」ことが犯罪ですので、境界標の損壊・移動・除去についてはその例示にすぎません。実際に境界を認識することができなくなるという結果が発生することが必要で、境界標を損壊等したもののいまだ境界が不明になっていない場合には犯罪とはなりません。
境界損壊罪が成立した場合には、「5年以下の懲役」または「50万円以下の罰金」が科されることになります。
不動産侵奪罪の民事責任について
不動産侵奪罪が成立する場合はもちろん、同罪が成立しない場合であっても民事責任を追求される可能性があります。
例えば、他人の敷地に無断で自動車を駐車する行為は、一時使用として不動産侵奪罪が成立しない可能性も高いです。しかし、そのような一時使用についても民法上の不法行為に該当する可能性があります。不法行為とは、「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」という民事責任です(民法第709条)。
土地の所有者は、土地を無断で使用されない権利や土地を自由に活用して利益を得る権利を有しています。そのため、不動産侵奪罪が成立しないケースであっても、所有者の上記利用利益が侵害され損害が発生した場合には、損害賠償を請求される可能性があるのです。
ただ、無断一時使用によって土地の所有者にどのような損害が発生したのかについては適切に評価する必要があります。土地の無断使用をめぐっては所有者との間でトラブルに発展する可能性があり、犯罪が成立しないケースであるのに過大な賠償金を請求されてしまうという事案も発生しています。
そのようなトラブルに発展してしまった場合には、専門家である弁護士に相談して適切なアドバイスや法的なサポートを受けるべきでしょう。
まとめ
土地の無断使用に関するトラブルについては、刑事責任・民事責任の両方の責任が生じてしまう可能性があります。
不動産侵奪罪は「窃盗及び強盗の罪」と同じく財産犯として規定されていることから、土地・建物の窃盗といえるような悪質な場合でなければ「侵奪」に問われることは多くはないでしょう。
他方、民事責任の場合には、所有者との間で和解交渉や示談の成立が必要となる事態も想定されます。
以上より、土地・建物をめぐって不動産トラブルに発展してしまった場合には、まずは刑事事件の経験が豊富な弁護士に一度ご相談ください。できるだけトラブルの早い段階で相談することで大事に至らず紛争を解決できる可能性が高まります。
当事務所では、被害者との示談交渉、逮捕の回避、不起訴の獲得を得意としており実績があります。親身誠実に弁護士が依頼者を全力で守りますので、不動産侵奪罪にあたる行為をして刑事事件に発展するおそれのある方、民事裁判を提起される可能性のある方は、当事務所の弁護士までお気軽にご相談ください。お力になれると思います。
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