目次
①被害者に占有があるか否かの判断基準を示した判例
事案の概要
この事案は、被害者がバスを待つ間に写真機を身辺約30センチの箇所に置き、行列の移動につれて改札口の方に進んだが、改札口の手前約3.66メートルの所に来たとき、写真機を置忘れたことに気づき直ちに引返したところ、既に被告人によってその場から持去られていたという事例です。
この事例で被告人は、盗んだのではなく拾ったのであり、窃盗罪より罪が軽い占有離脱物横領罪が成立すると反論しました。
判例分抜粋
この事例で最高裁判所は、「刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であつて、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によつて一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以て足りると解すべきである。しかして、その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によつて決するの外はない。」と判示しました(最高裁判所昭和32年11月8日判例)。
弁護士の解説
本件で裁判所は以下のような事情を考慮して被害者に未だ財物についての占有が残っていたことを認定しました。
- バスを待つ間並んでいた被害者が身辺約30㎝の箇所に写真機を置いたこと
- 行列の移動に伴い改札口の手前まで移動したこと
- 写真機を置き忘れたことに気づきすぐに引き返したこと
- 行列が動き始めて引き返すまでの時間は約5分に過ぎないこと
- 写真機を置いた場所と引き返した地点との距離は約19.58mに過ぎないこと
このような具体的な状況のもとでは、本件写真機は被害者の実力的支配のうちにあると判断されました。
したがって被告人の持ち去り行為は被害者の占有を侵害することになります。
②ちり紙13枚は財物には当たらないとされた判例
事案の概要
この事例は百貨店のエレベーター内で金銭を窃取する目的で被害者のズボンのポケット内に手を差し入れ、四つ折りのちり紙13枚を抜き取った直後に警察官に発見されたという事例です。
ちり紙の中には破れて使用できないものもあり、このような些細な物については窃盗罪の客体に含まれないのではないかが争点となりました。
判例分抜粋
この事例で裁判所は、「窃盗罪において奪取行為の客体となる財物とは、財産権とくに所有権の目的となりうべき物であつて、必ずしもそれが金銭的ないし経済的価値を有することを要しない・・・が、それらの権利の客体として刑法上の保護に値する物をいうものと解すべきであるから、その物が社会通念にてらしなんらの主観的客観的価値を有しないか、またはその価値が極めて微小であつて刑法上の保護に値しないと認められる場合には、右財物に該当しないものというべく、従つて、そのような物を窃取しても、その行為は、窃盗(既遂)罪を構成しないものと解するのが相当である」と判断しました(東京高等裁判所昭和45年4月6日判決)。
弁護士の解説
ちり紙のように形状、品質、数量、用途および被害者がこれに対し特段の主観的使用価値を認めていない物については、その価値が微小で刑法上の保護に値するものとはいえませんので、窃盗罪にいうところの「財物」に該当しないと判断しています。
そうすると被告人の行動は、窃盗の故意で「空っぽのポケット」の中に手を忍び込ませたことと同じになりますので、窃盗の実行の着手のみがあることになります。
以上より被告人の行為は窃盗既遂罪ではなく窃盗未遂罪となるのです。
③パチスロ機で不正にメダルを取得する行為が窃取にあたるとされた判例
事案の概要
この事例は、メダルの不正取得を目的として体感機と呼ばれる電子機器を不正に使用してパチスロ機で遊戯して「大当たり」を多数引き当ててメダルを取得した行為が窃盗罪に当たるか否かが争われた事例です。
体感機がパチスロ機に直接不正の工作ないし影響を与えたのか不明であったことから、窃盗罪の実行行為にあたらないのではないかという点が争われました。
判例分抜粋
この事例で裁判所は、「本件機器がパチスロ機に直接には不正の工作ないし影響を与えないものであるとしても、専らメダルの不正取得を目的として上記のような機能を有する本件機器を使用する意図のもと、これを身体に装着し不正取得の機会をうかがいながらパチスロ機で遊戯すること自体、通常の遊戯方法の範囲を逸脱するものであり、パチスロ機を設置している店舗がおよそそのような態様による遊戯を許容していないことは明らかである。そうすると、被告人が本件パチスロ機・・・で取得したメダルについては、それが本件機器の操作の結果取得されたものであるか否かを問わず、被害店舗のメダル管理者の意思に反してその占有を侵害し自己の占有に移したものというべきである。したがって、被告人の取得したメダル約1524枚につき窃盗罪の成立を認めた原判断は、正当である」と判断しました(最高裁判所平成21年6月29日決定)。
弁護士の解説
窃盗罪の実行行為である「窃取」とは、「占有者の意思に反して、財物を自己または第三者の占有に移転させること」と定義されます。
この判例では、体感機を用いてパチスロを行うことが「通常の遊戯方法の範囲を逸脱」しているためメダル管理者の意思に反してその占有を取得したと認定されています。
しかし、この判例に対しては体感機の電子的・物理的機能がパチスロ機になんの影響も与えていない場合には因果関係がないため、窃盗既遂は成立しないのではないかという原審札幌高裁のような考え方も有力です。
このような観点から、「通常の遊戯方法の範囲を逸脱」という契約違反があれば「本件機器の操作の結果取得されたものであるか否かを問わず」窃取が認定できるとする本判例は、窃取の範囲を拡大させる可能性がある判例だと言えるでしょう。
④窃盗の既遂時期について判断された判例
事案の概要
この事例は、窃盗の目的で他人の家に侵入した被告人が衣服を盗んで荷造りを終えた時点で、住人が帰宅したため財物を置いて逃走した事例です。
財物が被害者の住居内に残存しており被告人は盗み出すことができなかったので、窃盗は既遂ではなく未遂ではないかが問題となりました。
判例分抜粋
この事例に対して裁判所は、「窃盗罪は他人の実力支配内に在る物を自己の実力支配内に移し排他的に之を自由に処分しうべき状態に置くことによつて完成するものであることは既に判例の存するところである。而して記録によると被告人は判示A方の座敷の箪笥等の内から判示モーニングその他の衣類を盗み出しこれを被告人が持参した南京袋に詰め麻紐で荷造りしたがその頃Bが帰宅して発見されたので右袋をそのまま同家の勝手口に置き去りにして逃走したものであるから本件窃盗行為は既遂の域に達したものと認めるのが相当である。」と判示しました(東京高等裁判所昭和27年12月11日判決)。
弁護士の解説
財物を「窃取」したか否かについては、盗品に対する被害者の実力支配が一時的にせよ失われ、被告人が排他的に財物を自由に処分できる状態になったか否かによって判断する必要があります。このような窃取の判断のためには財物の種類や性質、場所などを考慮することが重要です。
本件の被告人は、盗品である衣類を予め用意していた袋に詰め終わり、被害者宅の勝手口まで運び出した瞬間に発見されています。
そのため衣類は既に所有者の実力支配の領域から被告人の実力支配の領域に入り、被告人が既に排他的に自由に処分できる状態に置いたと評価できます。したがって窃盗は既遂となりますので、結果として財物を持ち出せなかったとしても未遂とはならないのです。
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