養育費の未払いが続いた際に取り得る手段が相手の財産に対する強制執行(差押え)という制度です。
しかし、制度上認められているといっても、多くの方にとって滅多に使う制度ではないため、具体的にどういう条件が整えば使うことができ、どういう流れで進んでいくのか、いまいちイメージできないことが多いと考えます。
そこで本記事では、養育費の強制執行をするための条件や実際に財産を取り立てるまでの流れについて詳しく解説してまいります。
ぜひ最後までご一読いただき、強制執行のイメージだけでもつかんでいただけると幸いです。
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目次
養育費の未払いに対する対抗手段は4つ
少し古いデータになりますが、2016年(平成28年)度の厚生労働省の調査によると、離婚母子家庭のうち、養育費の取り決めをしている世帯は全体の42.9%となっているものの、離婚した相手から継続して養育費を受け取っている母親は全体の24.3%にとどまっています。
この数字から、仮に、離婚時に養育費について取り決めを行った場合でも、離婚した相手から継続的に養育費を支払ってもらっている状況ではないことがお分かりいただけると思います。
養育費の取り決めをしたのに、未払いが続いた場合の対抗手段は4つあります。
まずは、電話やメールで催促する方法です。
もっとも、これまで養育費の未払いを続けてきた相手が電話やメールで翻意し、再び養育費を支払ってくれることはあまり期待できません。
その他、養育費の支払いを求める文書を内容証明郵便で送る方法、家庭裁判所に履行勧告・命令を出してもらう方法があります。
もっとも、いずれも相手に一定の心理的プレッシャーをかけ、養育費の支払いを促す効果は期待できるものの、それでも相手が養育費を支払わない場合は打つ手がありません。
そこで、最終手段として取り得る手段が強制執行というわけです。
養育費の強制執行をするための3つの条件
養育費が未払いとなった場合に強制執行できるといっても、無条件に強制執行できるわけではありません。
養育費の強制執行をするためには、
- 債務名義、送達証明書、執行文が手元にある
- 相手の住所地を特定できている
- 相手の財産を特定できている
という3つの条件を整えることが必要です。
以下、それぞれ詳しく解説します。
債務名義、送達証明書、執行文が手元にある
債務名義とは、公証人や裁判所によって、相手に養育費の支払いを請求する権利があることを認められた文書のことです。
公証人によって作成された文書を「公正証書」といいますが、強制執行するためには相手が強制執行を受けることに合意した「強制執行認諾付き公正証書」であることが必要です。
一方で、裁判所によって作成される文書には調停成立時に作成される「調停調書(正本)」、審判時に作成される「審判書(正本)」、裁判で和解した際に作成される「和解調書(正本)」、裁判で判決の言い渡しを受け裁判が確定した際に作成される「判決(正本)」があります。
次に、送達証明書とは、養育費を支払う側に強制執行認諾付き公正証書や調停調書などの正本(原本の写しで、公証人や裁判所書記官が記載した正本である旨の認証文言が入っている文書のこと。単なる「謄本」とは異なることに注意。)が送達されたことを証明するための文書です。
強制執行認諾付き公正証書正本の送達証明書は公証役場から、調停調書正本、審判書正本、和解調書正本、判決(正本)の送達証明書は家庭裁判所から取り寄せることができます。
最後に、執行文とは、「この債務名義によって、強制執行してもよいですよ」という意味合いの書類です。
債務名義の内容によって執行文が必要な場合と不要な場合がありますので、執行文が必要か否かは債務名義を作成した(取得した)公証役場、あるいは家庭裁判所に問い合わせた方が安心です。
執行文は、強制執行認諾付き公正証書を作成している場合は公証役場で、調停調書等を作成している場合は家庭裁判所で発行してもらえます。
相手の住所地を特定できている
強制執行するためには、原則として、相手の住所地を管轄する地方裁判所に対して申立書などの必要書類を提出しなければなりません。
たとえば、申し立てを行う人(養育費の支払いを請求する人)が「大阪」、申し立てられる人(養育費の支払い義務がある人)が「東京」に住んでいる場合は、東京の地方裁判所(強制執行の取扱いのある支部も含む)に申立書などの必要書類を提出しなければなりません。
そのため、強制執行するためには、まず相手の住所地を特定することが必要となるのです。
相手の住所地が分からない場合は、裁判所は調べてくれませんのでご自身で調べる必要があります。
相手の住所をご自身で調べる方法としては、戸籍の附票(住所が記録されているもの)を取得して調べる方法、住民票を取得して調べる方法があります。
婚姻時の戸籍の筆頭者を夫とし、離婚後に妻が夫の戸籍から抜けた場合でも、夫が転籍しない(本籍地を変えない)場合、あるいは夫の戸籍に子供の戸籍を入れたままにしている場合は、妻は夫の戸籍を取得することができます。
もっとも、相手が役所に転居届を出していない場合は、この方法では相手の住所地を特定することはできません。
次に、住民票は同一の世帯の方しか取得することができないのが原則ですが、正当な理由が認められる場合は取得できます。
養育費の強制執行は「正当な理由」に当たりますが、取得のためには、養育費が振り込まれる予定の預金通帳などで養育費の強制執行のためであることを証明する必要があります。
相手の財産を特定できている
相手の住所地と同じく重要なのが相手の財産を特定できているかです。
養育費の強制執行の最終的な目的は、養育費を相手の財産をから回収することです。
したがって、強制執行するには、そもそも相手に養育費に充てるだけの財産がなければなりませんし、相手の財産がどこにあるのか特定しなければ回収することができません。
養育費は子供が成人するまで長期にわたって支払われるのが基本ですので、定期的な収入である「給与」を差し押さえるのが一般的です。
なお、給与のほかに差押え対象の候補として考えられるのが「預貯金」、「車」、「不動産」です。
預貯金は給与と異なり、差し押さえの範囲が限定されない一方で、入金される預貯金を再び差し押さえるにはその都度手続きを取らなければならないという手間がかかります。
他方で、給与は給与の2分の1までしか差し押さえできませんが、1回の手続きで継続してお金を回収することができるため、預貯金ほど手間がかかりません。
また、車や不動産は売却の必要があり手続きが複雑で、予納金などの費用もかかるためあまり現実的とはいえません。
給与の差し押さえるための相手の勤務先の特定方法
先ほど養育費の強制執行では相手の「給与」を差し押さえるのが一般的という話をしましたが、相手の給与を差し押さえるには相手の勤務先を特定しなければなりません。
この点に関し、相手の財産を差し押さえるための法律である民事執行法が改正されたことにより(2020年(令和2年)4月1日から施行)、相手の勤務先の特定が容易になったことはご存知でしょうか?
すなわち、改正民事執行法に新設された「給与債権に係る情報の取得手続」により、裁判所を通じて市町村や日本年金機構などから、相手に給与を支払う者がいるかどうか、いるとしてその支払者の氏名(又は名称)及び住所、の情報を得ることが可能となったのです。
もっとも、手続きを利用するには、あらかじめ債務名義を取得しておくこと、相手に財産の開示を求める財産開示手続きをとっておくこと、強制執行などによる配当等の手続きによってすべての養育費を回収できなかったこと又は知れている財産に対する強制執行を実施しても申立人(=養育費の支払いを受ける人)が養育費の回収を図ることができない疎明をすること、などの条件が必要です。
申立人に相手の勤務先などの情報が開示されると、相手に開示された旨の通知がいき、相手に転職されるなどして手続きをやり直さなければならなくなりますから、開示後は速やかに強制執行の手続きを取る必要があります。
なお、民事執行法の改正では、給与のほかにも「預貯金」、「不動産」の情報を取得するための手続きも新設されています。
養育費の強制執行の流れと期間
地方裁判所に対して申し立てを行う前から、実際に申し立てを行い、申し立てを行った後までの流れは以下のとおりです。
- ステップ1:債務名義を取得する、相手の住所地、財産を特定する
- ステップ2:申し立てに必要な書類を集める、作成する
- ステップ3:地方裁判所に対して強制執行の申し立てを行う
- ステップ4:陳述催告の申立てを行う
- ステップ5:裁判所から差押え決定を受ける
- ステップ6:債権差押命令書(正本)、送達通知書、陳述書を受け取り
- ステップ7:ご自身で取り立てを行い、裁判所に取立届を提出する
なお、申立て(ステップ3)から差し押さえ決定を受ける(ステップ5)までにかかる期間は2週間前後です。
以下、上記のステップ1~7について詳しく解説します。
ステップ1:債務名義を取得する、相手の住所地、財産を特定する
「養育費の強制執行をするための3つの条件」のところで解説したとおりです。
これから協議離婚するという方は、強制執行認諾付き公正証書を作成しておきましょう。
すでに離婚したものの、債務名義を取得していない方は、まずは相手に養育費に関する話し合いをもちかけ、再度、養育費に関して取り決めを行って債務名義を取得する必要があります。
ご自身で相手の住所地、財産(給与を差し押さえる場合は勤務先)を特定することが難しい場合は、はやめに弁護士に相談しましょう。
ステップ2:申し立てに必要な書類を集める、作成する
地方裁判所に対して申し立てを行うには「債務名義」、「送達証明書」、「執行文」のほかにも以下の書類が必要です。
- 申立書、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録
(債権差押命令)申立書は、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録から成ります。
書式は地方裁判所(一部)のホームページに掲載されていますので、ダウンロードして使用することもできます。
当事者目録には、養育費の支払いを求める人(=債権者、申立人)、養育費の支払い義務がある人(=債務者)、債務者にお金を支払う義務がある人(=第三債務者、差し押さえ対象が給与であれば会社)の住所、氏名などを記載します。
請求債権目録には、未払いとなっている養育費に関することについて記載します。
差押債権目録には、債務者が第三債務者に対して請求できる債権(差し押さえる対象が給与であれば給与債権)に関することについて記載します。
- 債権者、債務者の戸籍謄本(全部事項証明書)、住民票
- 第三者債務者の商業登記簿謄本
給与を差し押さえる場合で、第三債務者が債務者の会社となる場合は、会社の商業登記簿謄本(全部事項証明書)が必要です。
ステップ3:地方裁判所に対して強制執行の申し立てを行う
申し立てに必要な書類を集め、作成したら家庭裁判所ではなく、地方裁判所に対して強制執行の申し立てを行います。
繰り返しになりますが、申し立てを行う地方裁判所(支部を含む)は、債権者の住所地を管轄する地方裁判所ではなく、原則として、債務者の住所地を管轄する地方裁判所です。
なお、申立てするには
- 申し立て手数料:4,000円 (4,000円分の収入印紙を申立書に貼付します)
- 郵便切手代:2,000円~3,000円程度 (各地方裁判所、支部によって異なります)
が必要です。
ステップ4:陳述催告の申立てを行う
陳述催告の申立てとは、第三債務者に対して、債務者に支払うお金(給与など)があるかどうか、支払いに応じる意思があるかどうかなどについて回答を求めるための申立てのことです。
この申立てをしておくと、第三債務者に「債権差押命令書」が送達された後、差し押さえから取り立てまでの手続きがスムーズに進みます。
ステップ5:裁判所から債権差押え決定を受ける
必要書類の記載事項や必要書類の内容に不備がない場合、裁判所は債権(給与など)差押えの決定をします。
裁判所が差押えの決定をすると、裁判所から第三債務者に対して「債権差押命令書(正本)」が送達されます。
そうすると、第三債務者が債務者(=養育費の支払い義務がある人)にお金(給与など)を支払うことができなくなります。
裁判所が第三債務者に対して「債権差押命令書(正本)」が送達されたことを確認できたら、今度は裁判所から債務者に対して「債権差押命令書(正本)」が送達されます。
その後、第三債務者から裁判所に「陳述催告の申立てに対する回答書」が送られてきます。
ステップ6:債権差押命令書、送達通知書、陳述書を受け取る
債務者が「債権差押命令書」を受け取ると、裁判所から債権者(=養育費の支払いを受ける人、申立人)に対して「債権差押命令書(正本)」、「送達通知書」、「陳述書」が送達されますので受け取りましょう。
債権差押命令書には、給与などが差押えの対象となったことなどが記載されています。
送達証明書には、第三債務者と債務者にいつ「債権差押命令書(正本)」が送達されたかが記載されています。
陳述書は、陳述催告の申立てに対する第三債務者の回答内容が記載されています。
ステップ7:ご自身で取り立てを行い、裁判所に取立届を提出する
養育費について強制執行を申し立てた場合は、債務者に「債権差押命令書(正本)」が送達された日の翌日から1週間が経過した後に取り立てを行うことができます。
送達日は「送達証明書」で確認することができます。
差し押さえ対象が給与の場合は、ご自身で会社に連絡を入れ、担当者と調整して銀行口座などに債務者の給与を振り込んでもらう手続きを取ってもらいましょう。
銀行口座等に給与が振り込まれたら、裁判所に取り立てを行った旨を記載した「取立届」を提出する必要があります。
給与の場合、1度、決定を受けると継続して取り立てることが可能ですが、取立届は取り立てた都度、提出する必要があります。
取立届の書式は裁判所のホームページからダウンロードすることができます。
養育費の強制執行を行う上での注意点
最後に、給与を差し押さえる際の注意点について解説します。
決定を受けた後、相手が仕事を辞めたらどうなる?
残念ながら給与を取り立てることはできなくなります。
もっとも、相手が退職金を受け取るときは、その退職金も取り立てることができます。
相手の退職後は、新しい相手の勤務先を突き止め、手続きをやり直す必要があります。
申し立てをした後、相手が逃げたらどうなる?
相手が逃げる、すなわち、現住所地から行方をくらましても手続きを進めることは可能です。
相手への債権差押命令書(正本)の送達も、就業場所送達、公示送達、付郵便送達の方法で対応可能です。
まとめ
養育費の強制執行を行うには、様々なハードルをクリアしなければならず、ご自身で行うことが難しい場合もあります。
確実に回収するためには、早めに弁護士に相談し、手続きを依頼することも検討しましょう。
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