目次
暴行罪の「暴行」の意義についての判例
事案の概要
この事案は、労働者と使用者の間で加熱した労働争議に端を発したものです。
被告人Xらが、意思を通じて数十名を引き連れて、電車に乗ろうとしてた被害者Aの被服を掴み、引っ張り、取り囲んでAが電車に乗るのを阻止しました。
XらがAの服を掴んで電車に乗ることを阻止しただけで身体にも接触しておらず負傷する可能性もなかったので器物損壊が成立するだけだと反論しました。
そこで刑法が規定している「暴行」の意義が問題となったのです。
判決文抜粋
刑法208条1項にいう「暴行とは人の身体に対する不法な一切の攻撃方法を包含し其の暴行が性質上傷害の結果を惹起すべきものなることを要するものに非ず」と判示しています(大審院昭和8年4月15日判決)。
弁護士の解説
この判例は最高裁以前の大審院時代の古い判例ですが、現行刑法制定直後に「暴行」の意義について判示した重要な判決です。
「暴行」とは身体に対する不法な一切攻撃であると理解することができます。そしてそのような攻撃が身体に加えられた場合、「傷害の危険」の有無に関係なく暴行罪の成立が認められるということを裁判所は示しています。つまり傷害の危険は必ずしも暴行罪成立の必要条件ではないということです。
傷害の危険を伴わなくても暴行にあたるとした判例
事案の概要
暴行罪の成立に傷害の危険は不要とした判例としては次のようなものもあります。
この事案は、被告人Xが被害者Aに対して大さじ2杯程度の塩を振りかけた事例です。本件では塩を振りかけるという身体に対する影響が軽微な行為であるため、それでも「暴行」に該当するのかが争われました。
判例文抜粋
裁判所は塩を振りかけた行為について以下のように述べ暴行罪の成立を肯定しました。
「刑法第208条の暴行は、人の身体に対する不法な有形力の行使をいうものであるが、右の有形力の行使は、・・・必ずしもその性質上傷害の結果発生に至ることを要するものではなく、相手方に置いて受忍すべきいわれのない、単に不快嫌悪の情を催させる行為といえどもこれに該当するものと解すべきである」と判示しています。
そして本件で塩を振りかけた行為についても「その相手方をして不快嫌悪の情を催させるに足りるものであることは社会通念上疑問の余地がないもの」であるとして不法な有形力の行為に該当すると認定しています(福岡高等裁判所昭和46年10月11日判決)。
弁護士の解説
この裁判例によれば、塩を振りかけた行為は暴行罪に該当しますが、この行為自体は身体に対して軽微な影響しかもたらさないものだといえます。その点で裁判例では「不快嫌悪の情」として心理的過程への干渉・意思を侵害したことに違法性を見出していると読むこともできます。
同様な判例として、人の毛髪を根元から切り取った事案で暴行罪と認められた判例もあります(大審院明治45年6月20日判決)。髪を切るだけでは傷害の結果は生じないものの暴行罪の成立を肯定しています。なお、毛髪を切ることが傷害罪に該当すると判断した判例もあります(東京地裁昭和38年3月28日判決)。
直接人の体に触れない場合(間接暴行)でも暴行にあたるとした判例
事案の概要
この事案は、被告人Xが被害者Aに向かって石を投げつけたもののそれがAに命中しなかった場合に暴行罪に該当するか争われた事例です。
これに対してXは、石をAに命中指せる目的ではなくAを驚かしてやる目的でAの5~6歩手前を狙って投石した、あるいは投石した石がAに当たるかもしれないという程度の認識があったとしてもそれを否定する認識の方が相当強かったと主張して故意犯ではなく過失犯であると反論しました。
そこで攻撃が身体に接触しなかった場合に暴行となるのか争いとなりました。
判決文抜粋
「暴行とは人に向かって不法なる物理的勢力を発揮することで、その物理的力が人の身体に接触することは必要でない」と判示しています。
さらに「人に向かって石を投げ又は棒を打ち下せば仮令石や棒が相手方の身体に触れないでも暴行は成立する」、「群衆の中に棒をもって飛び込み暴れ廻れば人や物にあたらなくても暴行というには十分である」と判示しています。
そしてXについては、「石は投げた所に止まるものでなくはねて更に同方向に飛ぶ性質のものであるから数歩手前を狙って投げても尚Aに向かって投石したといい得る」し、Xの「投石行為はAに向かって不法な物理的勢力を発揮したもの即ち暴行を為したものといい得る」として暴行罪が認定されました(東京高等裁判所昭和25年6月10日判決)。
弁護士の解説
この判例から、身体侵害結果が発生していない場合、つまり有形力・物理力が身体に接触しない場合(いわゆる「間接暴行」のケース)であっても暴行罪の成立を肯定していることが分かります。
この事例では被害者の近辺に投げられた石は場合によっては被害者に命中したかもしれませんので「傷害結果の発生の危険」があったと考えられます。
また同様な判例として「四畳半の室内で被害者を驚かすために日本刀を抜き身で数回振り回したところ、図らずもそれが被害者に接触して死亡させた事案」について暴行該当性が争われた事案があります。
これ事案に対して最高裁判所は、「狭い四畳半の室内で被害者を驚かすために日本刀の抜き身を数回振り廻すが如きは、とりもなおさず同人に対する暴行というべきである」として傷害致死罪の成立を肯定しました(最高裁昭和39年1月28日決定)。前記判例と同様「傷害の危険性」のある行為であったといえるでしょう。
さらに音響による暴行についても「傷害の危険」があれば暴行罪を認めた事例があります。ブラスバンド用の大太鼓、鉦等を連打し被害者に対して「頭脳の感覚鈍り意識朦朧たる気分を与え」又は「脳貧血を起さしめ息詰る如き程度に達しめたとき」は人の身体に対し不法な攻撃を加えたものであって暴行と解すべきとして暴行の成立を肯定しています(最高裁昭和29年8月20日判決)。
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