法律上、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」という義務が定められています(民法第752条)。
そして、悪意の遺棄(あくいのいき)とは、正当な理由もないのに、この夫婦間の義務である「同居義務」「協力義務」「扶助義務」の履行を果たさないことです。
「悪意の遺棄」の「悪意」とは、夫婦関係の断絶を意図または容認する積極的な意思のことを言います。そして「遺棄」とは、夫婦の相手方を放置することと考えてよいでしょう。
簡単に言うと、配偶者が生活費を入れなかったり、正当な理由もなく同居を拒否しているような場合、悪意の遺棄となります。
悪意の遺棄は、民法が定める5つの法定離婚事由の1つで、悪意の遺棄をした側の配偶者が離婚を拒否している場合でも裁判で離婚が認められる可能性があります。また、悪意の遺棄をされた側の配偶者は、不法行為にもとづく慰謝料請求をすることもできます。悪意の遺棄の慰謝料相場は50万円~300万円程度です。
この記事では、上記の内容に加え、
- 悪意の遺棄に該当する行為と該当しない行為
- 悪意の遺棄をされたことを証明するために必要な証拠
- 悪意の遺棄をされた場合の対処法
につき、離婚問題に強い弁護士がわかりやすく解説していきます。
悪意の遺棄をされて離婚を検討されている方で、この記事を最後まで読んでも問題解決しない場合は、弁護士までご相談ください。
誰でも気軽に弁護士に相談できます
目次
悪意の遺棄に該当する行為と該当しない行為
悪意の遺棄に該当する行為の具体例
配偶者において、つぎのような行為がある場合には悪意の遺棄に該当する可能性があります。
- 同居を拒否する。一方的に出ていき一人暮らしを始める
- 配偶者が専業主婦(主夫)で収入がなにのに生活費を入れない
- 健康上問題ないのに働こうともせず無職を続けている
- 専業主婦(主夫)なのに家事や育児を放棄している
- DVやモラハラで配偶者を追い出したり家に居づらい状況にする
- 何度も家出を繰り返す
- 実家に行ったきり戻ってこない
- 愛人と同棲している場合 など
悪意の遺棄に該当しない行為の具体例
悪意の遺棄は、あくまでも、”正当な理由なく”相手配偶者を放置することですので、以下のようなケースでは該当しません。
- DVやモラハラ被害を受けた配偶者が耐え切れなくて家を出た
- 病気や介護のために療養施設等に住む必要が生じた
- 夫婦の一方が単身赴任となった
- 親の介護のために実家に滞在する必要が生じた
- 夫婦喧嘩をして冷却期間のために一時的に実家に戻った
- 婚姻関係が破綻したことで別居するに至った
- 夫婦が互いの関係を冷静に見つめなおす目的の別居
裁判で実際に悪意の遺棄と認定された判例
それではここで、実際に悪意の遺棄を原因として離婚裁判が行われ、最終的に離婚が認められた判例をいくつかご紹介しましょう。
(1)夫の暴力が原因で妻が別居したケース
夫の暴力を原因として、妻が子供とともに実家に戻り別居したことから離婚訴訟となった事例です。
悪意の遺棄による離婚を主張する妻に対しては夫からも離婚の請求が行われましたが、裁判所は夫の側に悪意の遺棄を認め、妻の主張する離婚が認定されました(浦和地裁昭和59年9月19日)。
(2)身障者の妻を夫が放置したケース
脳血栓が原因で半身不随になってしまった妻に対して夫が十分な看護をせず、突然離婚を切り出して家を出ていってしまったケースです。
その後、夫は長期間にわたり別居を続け、生活費をまったく送らなかったため裁判となりました。
裁判所は、夫の行為を悪意の遺棄に該当すると判断しました。(浦和地方裁判所昭和59年9月19日判決)
(3)妻と子供を見捨てて家を出て戻らなかったケース
妻と生まれて間もない子供を放置し家を出たままの夫に対して、妻が夫の不貞行為と悪意の遺棄を理由として慰謝料を請求したケースでは、悪意の遺棄が認定され300万円の慰謝料の支払いが夫に命じられました(東京地裁平成21年4月27日)。
(4)突然行方不明になったケース
夫が突然家を飛び出し行方不明となり、生活費も入れなくなってしまった事例が争われたケースにおいて裁判所は、正当な理由なく妻との同居義務及び協力扶助義務を尽くさないことが明らかであるとして悪意の遺棄が認定されました(名古屋地判昭和49年10月1日判決)。
悪期の遺棄による慰謝料相場
悪意の遺棄をされた側の配偶者は、不法行為による精神的苦痛の賠償、いわゆる慰謝料請求をすることもできます(民法709条・710条)。
そして、悪意の遺棄が認められる場合の慰謝料は、50万円~300万円程度が一般的な相場です。
実際、先ほどご紹介した事例(不貞行為をしたうえに、妻と生まれたばかりの子供を残して夫が家出をしたケース)では、慰謝料として300万円もの支払いが命じられています。
なお、悪意の遺棄をされた場合に以下のような事情があれば慰謝料額が高くなる傾向があります。
- 生活費の不払いや別居・家出期間が長い
- 婚姻期間が長い
- 暴力やモラハラで被害者が別居せざるを得なかった
- 相手が不倫相手と同居するために家を出た
- 夫婦の間に子供がいる
- 相手の年収が高い
悪意の遺棄を証明するために集めておくべき証拠
裁判で悪意の遺棄を認めてもらい、離婚や慰謝料請求を認めてもらうためには、次のような各種の証拠を集めておくことをおすすめします。
- 別居を示すための、相手の住民票(または戸籍の附票)や別居先の賃貸借契約書
- 別居に正当な理由がないことを示すための、一方的に別居を告知するメール・LINE・録音データ
- 生活費を入れないことを示すための、自分でつけた家計簿や入金記録のない通帳のコピー
- 協力・扶助義務違反を証する資料として、相手の生活態度を記録した画像・動画・日記・メモ など
有力な証拠が多ければ多いほど裁判は有利に進めることができ、結果として離婚や、より高額の慰謝料が認められることになります。
ただし、毎月の生活費はしっかりと振り込んできているが、不倫相手と同居しているようなケースでは、その事実を立証するために興信所に依頼して報告書を提出してもらう必要性も出てくることでしょう。しかし、興信所の費用はけして安くないため、調査期間等によっては請求できる慰謝料額より高くつくこともあります。弁護士に相談の上、手持ちの証拠で悪意の遺棄が証明できるか判断を仰いだ方が良いでしょう。
悪意の遺棄をされた場合の対処法
婚姻費用を請求する
配偶者から「悪意の遺棄」をされた場合には、「婚姻費用の分担請求」をしましょう。
「婚姻費用の分担請求」とは、別居中の夫婦のうち収入が少ない方の配偶者が、収入が高い方の配偶者に対して婚姻費用の分担を請求することをいいます。
「婚姻費用」とは、夫婦や未成熟の子どものために経費など婚姻生活をするために必要となる費用のこと、つまり「生活費」のことを指します。
そしてこの婚姻費用分担請求については、当事者同士で話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所に対してこれを定める「調停」や「審判」の申し立てをすることができます。
調停手続きでは、家庭裁判所の裁判官や一般市民から選ばれた2名の調停委員が、夫婦の資産・収入・支出など一切の事情について当事者双方から事情を聴き、必要な資料の提出を求めて、双方が合意可能な解決案を模索することになります。
同居調停を申し立てる
また、夫婦が別居している場合には「同居調停」を申し立てることができます。
同居調停で出ていった配偶者に同居義務違反が認められた場合には、家庭裁判所は、同居を命じる審判(同居命令)を出すことができます。
しかし、この同居命令に反して同居を継続する場合には、この当事者に対して直接強制も間接強制もできませんので、実効性に乏しいという難点があります。
ただし、相手方当事者が裁判所の同居命令を無視して別居を継続しているという事実が「悪意の遺棄」の一事情としてのちの裁判手続きの中で考慮される可能性があります。
不貞相手に慰謝料請求をする
別居している配偶者が、不貞相手と同居している場合や、不倫相手が入り浸っているような場合には、この不貞相手に対して慰謝料を請求できる可能性があります。
不貞相手の行為は、あなたの「夫婦関係の平和を維持する権利」や「貞操権」を侵害する不法行為に該当している可能性があり、この場合あなたは、不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料を請求することができます。
そして、不貞相手に対して慰謝料請求を行った場合には、相手方も行為の不法性を認識して、不貞関係が解消・終了する可能性もあります。
夫婦関係調整調停(離婚)を申し立てる
「悪意の遺棄」をしていることを理由に、夫婦関係調停(離婚調停)を申し立てることもできます。
調停離婚とは、あなたが離婚を選択する場合に、離婚について当事者間の話し合いがまとまらない場合・そもそも話し合いができない場合に家庭裁判所の調停手続きを利用することです。
離婚調停手続きでは、離婚そのものだけではなく、離婚後の子どもの親権者を誰にするのか、親権者でない別居して暮らす親との面会交流をどのようにするのか、養育費・財産分与や年金分与の割合などを話し合って決めることもできます。
また離婚を原因とする慰謝料の支払いについてもこの手続きの中で話し合うことができます。
調停手続きは、当事者双方が家庭裁判所に出頭して話し合いによって合意を目指す手続きです。調停委員は相手方に出席するように働きかけたり、双方の合意ができるように調整・説得をすることはあります。
しかし相手方が意図的に出頭しない場合や、当事者双方が合意に至らない場合には、話し合いをまとめることができませんので、調停は不成立として「不調」で終了します。
調停が不調となった場合には、あなたは離婚を求めて家庭裁判所に対して訴状を提出して「離婚訴訟」を提起していく必要があります。
弁護士に相談・依頼をする
相手方配偶者が、任意での話し合い、調停手続き内で話し合いに応じて離婚に応じる場合には離婚することができます。
しかし配偶者が離婚の求めに応じない場合には、最終的には裁判所に離婚ができるのかできないのかを判断してもらわなければならなくなります。
そして、相手方配偶者の行為が「悪意の遺棄」に当たる場合には、法定離婚事由として裁判上の離婚原因として民法に規定されています。したがって相手方配偶者の勝ち目は薄いはずです。
以上より、「悪意の遺棄」にあたることを証拠によって説得的に主張できる場合には、早期にあなたの望む内容で話し合いをまとめられる可能性も高いのです。
そして相手方配偶者に何らかの請求をしたいと思っている方は、法律の専門家である弁護士に依頼することがおすすめです。調停や裁判手続きへの対応を一任できるだけでなく、必要となる証拠や書類の収集についても適切にアドバイスを受けることもできます。
弊所では、悪意の遺棄による離婚請求、慰謝料請求の豊富な実績があります。親身誠実に弁護士が依頼者を全力でサポートしますので、夫婦間トラブルについてスムーズに問題を解決したいと思っている方はぜひ一度、夫婦関係調整に精通した当所の弁護士にご相談ください。
誰でも気軽に弁護士に相談できます