
「とっさにやったことなのに、罪に問われてしまうのだろうか」「正当防衛とは何が違うのだろう」。緊急避難という言葉を前に、こう戸惑う方は少なくありません。
緊急避難とは、自分や他人に差し迫った危険を避けるためにやむを得ず行った行為が、一定の条件を満たせば罰せられないという制度です。ただし認められる要件は厳しく、よく似た正当防衛とは仕組みも異なります。
この記事では、刑事事件の弁護に注力する弁護士が、その基本から実際の判例、主張する場合の対応までをわかりやすく整理します。
- 緊急避難が認められる4つの要件
- 正当防衛とは何が違うのか
- 成立した判例・しなかった判例
- 主張するときの対応と弁護活動
なお、ご自身の行為が緊急避難に当たるか不安な方は、この記事をお読みいただいた後、全国どこからでもご利用いただける当事務所の無料相談へお気軽にご連絡ください。
| 気軽に弁護士に相談しましょう |
|
緊急避難とは
緊急避難とは、自分や他人の生命・身体・自由・財産に差し迫った危難があるとき、それを避けるためにやむを得ず行った行為のことをいいます(刑法第37条)。
(緊急避難)
第三十七条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
緊急避難が成立した場合は、その行為は「(本来違法であるものの)違法ではない」と評価され、処罰されません。犯罪の形を満たした行為であっても、このように違法性が否定されて処罰を免れる事由を「違法性阻却事由(いほうせいそきゃくじゆう)」といい、緊急避難はその代表例の一つです。裁判でこれが認められれば、無罪が言い渡されます。
たとえば、いきなり路上において刃物で襲われそうになったため、自分の身を守るため他人の敷地内に勝手に立ち入ったとします。この場合、自らの生命や身体を守るほかに方法がなかったといえるのであれば、他人の敷地内に勝手に立ち入ったという避難行為は違法ではなくなり、住居侵入罪で処罰されないという結論になります。
住居侵入罪の成立要件について詳しくは「住居侵入罪の構成要件と正当な理由|建造物侵入罪との違いは?」をご参照ください。
「カルネアデスの板」でみる緊急避難
緊急避難の考え方を示す題材として古くから語られるのが「カルネアデスの板」です。これは古代ギリシアの哲学者カルネアデスが提示したとされる問いで、おおむね次のような内容です。
船が難破し、海に投げ出された二人のうち、一人が一枚の板につかまって浮いていたところ、もう一人が同じ板につかまろうとしました。その板は一人分の浮力しかなく、二人ではともに沈んでしまいます。そこで先につかまっていた者が相手を突き放し、自分だけが生き延びたとします。
突き放した行為は、形式的には人の死を招いており殺人罪の形を満たします。それでも、自分の命を守る以外に手段がない極限状況であったと評価できれば、緊急避難として処罰されない余地があります。価値の等しい命と命が衝突した場面でも緊急避難が問題になりうることを、この寓話は端的に示しています。
業務上特別の義務がある者には適用されない
刑法第37条2項は、業務上特別の義務がある者には緊急避難を適用しないと定めています。具体的には、警察官・消防士・自衛官のように、職務として危険に立ち向かうべき立場の人が想定されています。火災の現場に向かうべき消防士が、自分の身の危険を理由に消火活動を放棄することまで緊急避難として正当化されるわけではない、という趣旨です。
緊急避難の成立要件
それでは、緊急避難の成立要件について具体的にみていきましょう。緊急避難の成立要件は、以下の4つです。
- ①現在の危難があること
- ②避難の意思があること
- ③やむを得ずにした行為であること
- ④法益権衡の原則を満たすこと
一つずつわかりやすく解説していきます。
①現在の危難があること
「現在の危難」とは、生命等の法益が侵害される危難が現実に存在するか、あるいはその危難が目前に差し迫っていることをいいます。将来発生する可能性のある危難や過去に生じた危難は「現在の危難」にあたりません。
また、危難は不正(違法)なものに限られません。さらに、人の行為のみならず、動物でも、自然現象(水害、地震、火災、洪水など)による危難でもよいとされています。そのため、犬に襲われそうになったため、他人の花瓶をその犬に向けて投げつけた際、その花瓶を割ってしまった場合(他人の花瓶を損壊したことによる器物損壊罪が成立する場合)でも、緊急避難が成立する可能性があります。
②避難の意思があること
上記の「現在の危難」を避ける意思が必要です。
「緊急避難とは」で挙げた例でいえば、他人の敷地に勝手に立ち入ったところ、(本人は気付いていない状況で)実は、路上で見知らぬ人物に刃物で襲われそうになっていて、偶然にもその危険を回避できたようなケースでは「避難の意思」がありませんので緊急避難は成立しません。つまりこの場合は住居侵入罪で処罰されることになります。
③やむを得ずにした行為であること
避難行為が現在の危難を避けるために「やむを得ずにした」といえるためには、避難行為が現在の危難を避けるために必要な唯一の行為であって、他に避けるための方法がなかったといえることが必要です。他に方法がなかったときに限って補充的に許される手段という意味で「補充の原則」と呼ばれます。避難行為が現在の危難を避けるためにやむを得なかったどうかは、具体的な事情に照らして、社会通念にしたがって判断されます。
なお、緊急避難の避難行為は、現在の危難に対して向けられている必要はありません。「緊急避難とは」の箇所であげた例のように、自分の命を守るために避難行為がまったくの無関係な第三者の法益(生活の平穏)に向けられた場合でも緊急避難が成立する可能性があります。
④法益権衡の原則を満たすこと
緊急避難が成立するには、緊急避難によって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったことが必要です(これを「法益権衡の原則(ほうえきけんこうのげんそく)」といいます)。
例えば、拳銃で撃たれそうになったため、これを回避するためにやむを得ず他人を突き飛ばして逃走した場合のように、価値の大きい法益(命)を救うために価値の小さい法益(人の身体)を犠牲にすることや、自分の飼い犬が他人の飼い犬にかみ殺されそうになったためこれを撲殺した場合のように、同価値の法益(いずれも物・財物)を救うために他方の法益を害することは緊急避難として許されます。
一方、電車に乗っている際、ちょっとした腹痛(我慢できるほどの腹痛)のため電車内の非常停止ボタンを押して電車を急停止させる場合のように、価値の小さい法益を救うために価値の大きい法益を犠牲にすることは緊急避難として許されません。
緊急避難と正当防衛の違いは?
緊急避難に似たものとして正当防衛があります。どちらも違法性阻却事由ですが、緊急避難と正当防衛では以下の点で異なります。
緊急避難は「正VS正」、正当防衛は「不正VS正」
緊急避難は自分又は他人の法益(正)を守るために第三者の法益(正)を犠牲にします。一方、正当防衛は第三者の不正な侵害(不正=違法)から自分又は他人の法益(正)を守ります。つまり、緊急避難では「正VS正」、正当防衛では「不正VS正」の関係となっています。
たとえば、いきなり殴りかかってきた相手を反撃して負傷させたのなら、不正な攻撃に対する反撃ですから正当防衛の問題です。これに対し、暴走してきた車を避けようとして、たまたまそばにいた通行人を突き飛ばして怪我をさせたのなら、危難を無関係な第三者に転嫁しているため緊急避難の問題となります。
緊急避難では補充性・法益権衡が必要、正当防衛では不要
緊急避難では第三者の正当な法益の上に成立するため、避難行為の補充性と法益の権衡が必要となります。一方、正当防衛では不正な行為を行った者の法益が犠牲にされてもやむを得ないため、防衛行為の補充性と法益の権衡は必要とされません。このため、同じような場面でも、正当防衛のほうが緊急避難より成立が認められやすいといえます。
正当防衛の成立要件について詳しくは「正当防衛はどこからどこまで?成立要件と過剰防衛との違いを解説」で解説しています。
過剰避難とは?
過剰避難とは、緊急避難の状況にありながら、避難行為が必要な程度を超えてしまった場合をいいます。具体的には、避難によって生じた結果が、避けようとした害を上回ってしまった場合(法益権衡の原則を満たさない場合)がこれにあたります。
過剰避難は緊急避難として認められないため、避難行為は違法と評価され、犯罪自体は成立します。ただし、通常の違法行為と比べると違法性の程度は小さく、緊急事態のなかで本人に適法な行動を期待しにくい面も否定できないことから、情状によっては刑が減軽又は免除される場合があります(刑法第37条1項ただし書き)。
緊急避難の成立が争われた判例
ここで、裁判で緊急避難の成立が争われた判例をご紹介します。成立を認めたものと、認めなかったものの両方をみることで、要件の当てはめがどのように判断されるのかがイメージしやすくなります。
覚せい剤の使用を強要された事案(成立)
被告人が、暴力団関係者から拳銃をこめかみに突きつけられた状態で、その場にあった覚せい剤を自分の身体に注射するよう強く迫られ、やむなく注射して使用したため、覚せい剤取締法違反(使用罪)に問われた事案です。
裁判所は、深夜、暴力団事務所に被告人と相手の二人しかいないという状況下で、覚せい剤を使用するほかに危険を逃れる現実的な方法がなかったこと、守られた被告人の生命・身体という法益が、覚せい剤使用によって害される法益を上回っていることは明らかであることなどを指摘し、緊急避難の成立を認めました(東京高等裁判所 平成24年12月18日判決)。命の危険が差し迫り、ほかに取りうる手段がなかったと評価された点が結論を分けています。
対向車を避けてバイクに衝突した事案(成立)
被告人が貨物自動車を運転していたところ、対向車が中央線を越えて正面から接近してきたため、とっさに左へハンドルを切って約1メートル左に寄ったところ、左後方から進行してきたバイクに自車を衝突させ、バイク運転者に怪我を負わせたため、業務上過失致傷罪(現、過失運転致傷罪)に問われた事案です。
裁判所は、バイク運転者に生じた損害(怪我)の程度は、対向車との正面衝突により生じうる損害を超えておらず、被告人の避難行為は「現在の危難を避けるためにやむを得ずにした」ものと認められるとして、緊急避難が成立すると判断しました(大阪高等裁判所 昭和45年5月1日判決)。とっさの回避に出るほかなく、生じた害も避けようとした害の範囲内にとどまった点が評価されています。
危険なつり橋を爆破した事案(不成立)
つり橋の腐朽が著しかったため、このままでは落下のおそれがあるとして、被告人がダイナマイトを使ってつり橋を爆破・破壊したため、爆発物取締罰則違反、往来妨害罪に問われた事案です。
裁判所は、つり橋がいつ落下するかもしれないような危険な状態にあったとしても、危険防止のためには通航制限の強化その他適当な手段・方法を講じる余地があったとして、被告人の行為は「現在の危難を避けるためにやむを得ずにした」ものとは認められず、緊急避難は成立しないと判断しました(最高裁判所 昭和35年2月4日判決)。他にとりうる手段があった以上、補充の原則を満たさないと判断された例です。
緊急避難を主張する場合の対応
緊急避難が成立する余地があるとしても、捜査機関がその主張をそのまま受け入れてくれるとは限りません。むしろ、犯罪の成立を争うと逃亡や証拠隠滅のおそれがあると見られ、逮捕・勾留につながりやすい面もあります。主張を通すために押さえておきたいポイントを整理します。
立証のポイントは客観的な証拠の確保
刑事裁判では、被告人が罪を犯したことの立証責任は本来検察官にあります(参考:裁判所)。もっとも、緊急避難のように犯罪の成立を妨げる事情を主張する場合、実際の裁判では被告人側がその事情を裏づける資料を示すことが求められる場面が多くなります。
このとき決め手になりやすいのが、記憶違いや思い込みが入り込まない客観的な証拠です。たとえば、現場や危難の状況が記録されたドライブレコーダーや防犯カメラの映像、位置情報、当時のやり取りが残ったメッセージなどが挙げられます。こうした証拠は時間の経過とともに失われていくため、できるだけ早い段階で確保することが重要です。
示談による不起訴・刑の軽減の可能性
緊急避難に当たりそうな事案では、起訴された後に裁判で争うよりも、起訴される前の捜査段階で不起訴(検察官が事件を起訴しない処分)を目指す弁護活動が効果を持ちやすいといわれています。検察官は、公判でどこまで立証できるかや被害者の処罰感情なども考慮して起訴・不起訴を判断するためです。
そこで、緊急避難を主張するのと並行して、巻き込んでしまった相手への謝罪や示談(被害を弁償して和解すること)を進めることも選択肢になります。違法でない相手に害を与えてしまった以上、誠実に対応すること自体は理にかなっています。示談が成立すれば、緊急避難の成否にかかわらず不起訴となる可能性が高まり、仮に起訴されても執行猶予(有罪でも一定期間、刑の執行を猶予する制度)につながる事情として有利に働くことがあります。
示談の具体的な進め方や金額の相場については「刑事事件で示談するメリットは?示談金相場と流れを徹底解説」で詳しく解説しています。
緊急避難の成立を主張したい方は弁護士にご相談ください
ここまで見てきたように、緊急避難が認められるには現在の危難・避難の意思・補充性・法益権衡という4つの要件をすべて満たす必要があり、正当防衛と比べても成立のハードルは高いのが実情です。
要件を満たしていることを捜査機関や裁判所に納得してもらうには、ドライブレコーダーの映像といった客観的な証拠を早い段階で集め、法的な観点から主張を組み立てていくことが欠かせません。個人だけで的確に対応するのは難しい部分であり、刑事事件の経験が豊富な弁護士が関わる意味は大きいといえます。
「とっさの行動だったのに罪に問われるのか」「このまま逮捕や起訴に進んでしまうのか」という不安は、時間が経つほど重くのしかかります。証拠が失われたり記憶が薄れたりする前に動き出すことが、その後の結果を大きく左右します。
当事務所には、緊急避難をはじめとする刑事事件に数多く取り組んできた弁護士が在籍しています。全国どこからでもご利用いただける無料相談を設けておりますので、まずはお気軽にご相談ください。
| 気軽に弁護士に相談しましょう |
|
この記事の監修者
刑事事件の弁護に注力する法律事務所の代表弁護士。逮捕回避・早期釈放・不起訴獲得・示談交渉など、被疑者・被告人の権利を守るための迅速な弁護活動に豊富な実績を持つ。痴漢・盗撮・暴行傷害・薬物事件・性犯罪など幅広い刑事事件に対応し、24時間体制で依頼者とそのご家族を全力でサポートしている。

