
正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自分又は他人の権利を守るため、やむを得ずにした反撃行為のことです。
刑法第36条1項では、反撃行為が正当防衛にあたる場合は、たとえその行為が形式的には違法であっても実質的にみれば違法ではなく、犯罪は成立しないため、反撃行為をした者を処罰しないと規定しています。
とはいえ、「どこからどこまでの反撃行為が正当防衛になるの?」と疑問に思われる方も多いことでしょう。
そこでこの記事では、刑事事件に強い弁護士が、
- 正当防衛とは
- 正当防衛の成立要件
- 正当防衛の成否が争われた判例
- 正当防衛と過剰防衛の違い
などについてわかりやすく解説していきます。
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目次
正当防衛とは?
冒頭でお伝えしたように、正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自分又は他人の権利を守るため、やむを得ずにした反撃行為のことです。
たとえば、他人に殺されそうという場合でも、ただ単に口先だけで言われているケースのように、自分の命が奪われる危険がいまだ現実化していないにもかかわらず、自分から反撃行為に出ることは許されません。
一方、今まさに自分の目の前でピストルの球が入ったピストルを向けられている場合のように、自分の命が奪われる危険が現実化しており、かつ、警察などの国家機関に助けを求めることができない場合は、自分から反撃行為に出ることを許さなければいけません。
そもそも、急迫不正な侵害に対して反射的に自分又は他人の権利を守る行為は、人の本能に基づく行為であって、法律で違法として制限されるべきいわれはありません。
そこで、刑法第36条1項では、反撃行為が正当防衛にあたる場合は、たとえその行為が形式的には違法であっても実質的にみれば違法ではなく、犯罪は成立しないため、反撃行為をした者を処罰しないと規定しています。
(正当防衛)
第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。刑法 | e-Gov法令検索
正当防衛の成立要件
正当防衛の成立要件は次のとおりです。
- 急迫不正な侵害があったこと
- 自己又は他人の権利を守るために防衛行為に出たこと
- やむを得ずに防衛行為に出たこと
急迫不正な侵害があったこと
急迫とは、自分の目の前で球が入ったピストルを向けられているなど、今まさに守られるべき法益(このケースの場合、命)が侵害されようとしているか、あるいは、その状況が目前に差し迫っていることをいいます。
したがって、過去に相手から暴力を振るわれたため仕返しにと暴力を振るうような過去の侵害に対する防衛行為や、相手から殺害予告を受けていたため、先手を打って相手を殺害するような将来の侵害に対する防衛行為は正当防衛にはあたりません。
不正とは、違法と同じ意味です。したがって、相手の正当防衛に対する防衛行為は正当防衛にはあたりません。違法性は客観的に違法であればよく、相手に責任能力が備わっているかや故意・過失があるかどうかは問わずに正当防衛が成立する可能性があります。
侵害とは、法益に対する実害又はその危険を生じさせる行為をいいます。目の前で球が入ったピストルを向けられるのは、死という実害の危険を生じさせる行為であることからまさに侵害にあたります。
侵害は故意によるもの過失によるもの、作為(何かすること)によるもの不作為(何もしないこと)によるものとを問いません。したがって、敷地に立ち入った不審者が敷地から立ち退かない(不作為による侵害を受けた)ことから、実力で敷地外に引きずり出した際に不審者に怪我を負わせたとしても正当防衛が成立し、傷害罪は成立しない可能性があります。
自己又は他人の権利を行うために防衛行為に出たこと
権利とは法益、つまり、守られるべき利益のことです。前述のとおり、殺人の場面では命(生命)が法益にあたります。
防衛行為は侵害から法益を守る行為です。目の前で球の入ったピストルを向けられたため、ピストルを振り落とそうと近くに落ちていた棒で相手の手や腕を叩く行為は防衛行為にあたります。
このように防衛行為は侵害者に対して向けられたものでなければなりません。そのため、たとえば、刃物で切りつけられそうになったため、その場から逃げようと無関係な第三者を押し倒して怪我を負わせた場合のように、まったく無関係の第三者に向けられ行為は防衛行為にはあたらず正当防衛は成立しません(後述する、「緊急避難」が成立する余地はあります)。
防衛行為は自己又は他人の権利を防衛するために行わなければいけません。そこで、正当防衛が成立するには防衛の意思が必要か否かが問題となります。この点、判例(最判昭和46年11月16日など)は防衛の意思を必要としています。防衛の意思を不要とした場合、たとえば、甲が乙を殺す意図で乙に向かってピストルを発砲したところ、その際乙も甲を殺す意図でピストルを甲に向けていたが、一瞬早く甲の球が乙にあたったため、甲が自己の命を防衛したというような偶然防衛の場合に、甲に正当防衛の成立を認めることになってしまいます。やはり、本来なら違法なはずの行為を合法とするには、それを正当化するだけの心理的な契機が必要と考えられているのです。
緊急避難とは?正当防衛との違いは?3つの成立要件と判例を解説
やむを得ずに防衛行為に出たこと
やむを得ずに出た行為とは、具体的状況下において、その防衛行為が侵害を排除し、又は法益を防衛するために必要かつ相当なものであったことをいいます。これを防衛行為の必要性・相当性ともいいます。
防衛行為の必要性があったといえるためには、防衛行為を行う前に、逃げることや警察に通報するなどの他の適切な手段が存在したかどうかが重要です。もし他の選択肢があり、それが効果的に自己や他人を守ることができた場合、防衛行為の必要性は否定される可能性があります。
防衛行為の相当性があったといえるためには、防衛行為が、防衛のために必要最小限限度の行為であると客観的に認められる必要があります。たとえば、相手の手足を粘着テープで固定して動けなくしたにも拘わらず、殴る蹴るの暴行を加える行為は、必要最小限度の行為とは認められないでしょう。万引き犯(財産への侵害)に対して暴力を振るって大怪我をさせたようなケースも、必要最小限度の防衛行為とは認められない可能性があるでしょう。
もっとも、このような必要最小限度については、結果としての相当性ではなく、「行為としての相当性」が問題となります。この「行為としての相当性」については、侵害現場で選択することができた防衛手段のうち、確実に防衛効果が期待できる手段であって侵害性が最も軽微な手段が、必要最小限であるといえるでしょう。
したがって正当防衛の結果、偶然他人の死亡や傷害結果が生じたからと言って当然に相当性が否定されるわけではないのです。
相当性を判断する際には、以下のような事情を考慮して必要最小限か否かを検討することになります。
- 武器対等の原則(素手か武器使用か)
- 身体的な条件(年齢、性別、力の差など)
- 侵害行為の態様
- 防衛行為の態様
- 代替手段の有無 など
正当防衛の成立が争われた判例
ここで、正当防衛の成立が争われた判例をご紹介します。
正当防衛の成立を認めた判例
以下の2つの判例は、人の死亡結果が発生した事案について被告人の正当防衛の成立を認め被告人に無罪を言い渡した裁判例です。
1つ目の事案は、東京都足立区付近の路上において、被害者A(当時57歳)に対し、その左顔面をげん骨で数回殴るなどの暴行を加えて転倒させて、脳挫傷等により死亡させたという傷害致死事件についてです。
自転車で走行していた被告人の対面から通行してきたAが因縁を付けて掴みかかったりしてきたため、被告人はすぐにその場を離れました。しかし、Aは被告人を追いかけてきて、「てめえ、見付けたぞ、この野郎、くそがき、ぶっ殺してやる。」などと大声で怒鳴り、殴りかかってきたため殴り合いに発展しました。
Aは被告人に最後に殴られた際に路上に転倒して後頭部を打ち付けてしまいました。
これに対して裁判所は、「被告人が、Aからの差し迫った攻撃に対し、防衛の意思で本件暴行を行った、被告人とAの体格差、年齢差、Aが当時酒に酔っていた点等を考慮しても、本件暴行は、素手などによるものであり、その回数と、殴打の力の程度等も踏まえると、Aの攻撃に対するものとして、防衛手段の相当性の範囲を超えたものとはいえない」と正当防衛を認め被告人に無罪を言い渡しました(東京地方裁判所平成23年10月24日判決)。
2つ目の事案は、被告人が波止場において被害者B(当時56歳)に対して顔面を手拳で殴打する暴行などをくわえて転倒させその左後頭部を地面に打ち付けさせ、左後頭部打撲等の傷害を負わせて外傷性脳障害によりBが死亡してしまった傷害致死事件です。
この事例については、裁判所は、「被害者の本件攻撃は突然かつ執拗で、強いものであった可能性があり、これに対する被告人の本件対抗行為がそれほど強度なものではなかった可能性も排斥できず、・・・被告人が、年齢、体格及び経歴等の点で被害者よりも一方的に有利な状況であったと認めるに足る事情もなく、被告人の攻撃は1回にとどまり、凶器等を用いることなく素手で本件対抗行為に及んでいることも考慮すれば、被告人の本件対抗行為が本件攻撃に対する防衛行為として許された程度を超えていたと評価することはできない」と判示して、正当防衛が成立するとの合理的な疑いが残るため無罪の判決が言い渡されています(長崎地方裁判所令和3年7月8日判決)。
以上のように正当防衛の成立要件を充足している場合や、正当防衛が成立するという合理的な疑いが残るような場合には、「疑わしきは被告人の利益」という刑事裁判の大原則によって、無罪判決が言い渡されることになるのです。
正当防衛の成立を否定した判例
以下の2つの判例は、自招侵害と正当防衛に関する判例です。自招侵害とは、正当防衛に名を借りて相手に侵害を加えたり、故意または過失により相手を挑発するなどして、防衛者が自ら不正の侵害を招いて正当防衛の状況を作り出すことをいいます。
政治集団A派の被告人が、B派の来襲を受けてこれを撃退した後、再度の襲撃を予期して鉄パイプ類を準備し、現実に起こった第二次襲撃の際、B派数名に共同して暴行した事案です。
判決は、B派の襲撃がほとんど確実に予期されたとしても、正当防衛の「侵害の急迫性」の要件を欠くものではない、としながらも、単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件は満たさないとし、正当防衛の成立を認めませんでした(最高裁昭和52年7月21日判決)。
自転車にまたがっていた被害者と言い争いになった被告人が、いきなり被害者のほほを手拳で1回殴打し、直後に走って立ち去ったため、被害者が自転車で被告人を追いかけ、追いつきざま自転車に乗ったまま、水平に伸ばした右腕で被告人を強く殴打し、これにより前方に倒れた被告人が起き上がるや否や、携帯していた特殊警棒で被害者の顔面を数回殴打し、被害者に傷害を負わせた事案です。
判決は、被害者の反撃は、被告人の暴行に触発されたその直後における近接した場所での一連、一体の事態ということができ、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから、被害者の攻撃が被告人の暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては、被告人の本件傷害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当される状況における行為ではない、として正当防衛の成立を認めませんでした(最高裁平成20年5月20日判決)。
これらの判例によると、正当防衛に名を借りて相手に侵害を加える場合は、侵害の急迫性の要件を欠くことから正当防衛は成立しません。一方、過失によって挑発行為が行われた場合はもちろん、故意によって挑発行為が行われた場合でも、侵害行為の程度が挑発行為の程度を大きく超えるなどの場合は正当防衛が成立する余地があります。
正当防衛と過剰防衛・誤想防衛の違い
最後に正当防衛と緊急避難・過剰防衛・誤想防衛との違いを解説します。
正当防衛と緊急避難の違い
緊急避難とは、現在の危難を避けるためにやむを得ずした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り処罰されない、という制度です(刑法第37条参照)。
正当防衛との違いは、正当防衛が「違法な侵害」に対抗する手段として例外的に認められているのに対して、緊急避難は「適法な相手を侵害する」ことも害の均衡という制限の中で正当化されているという点です。したがって、緊急避難では差し迫った危難を回避するために、無関係な第三者の権利を侵害することも認められているのです。
例えば、暴漢に刃物で襲われそうになったので、逃げるために近くにいた第三者を突き飛ばして逃げたという場合、その第三者が転倒して負傷したとしても、自分が刺されて負傷することを回避できている(害の均衡が保たれている)ので緊急避難が成立することになります。
なお、刑法では、正当防衛でも緊急避難でも「やむを得ずにした」という言葉が使われていますが、両者ではその意味が異なることに注意が必要です。すなわち、正当防衛の場面では「不正」の侵害から自己又は他人の法益を守ることを前提としますから、緊急避難と比べて防衛行為の相当性の要件が認められるハードルは低いです。これに対して、緊急避難の場面では「正」の侵害から自己又は他人の法益を守ることを前提としますから、正当防衛に比べて防衛行為の相当性の要件が認められるハードルは高くなります。
正当防衛と過剰防衛との違い
過剰防衛とは、急迫不正の侵害から自己又は他人の権利を守るために防衛行為に出たものの、その防衛の程度を超えた防衛のことをいいます。
防衛の程度を超えたとは、
- 「殺すぞ」などと言いながら、手を振り上げて襲いかかってくる相手の腹部を刃物を突き刺した場合
- 相手が殴りかかってきたため暴行を加えて反撃し、相手が殴るのを辞めたため、さらに暴行を加えた場合
- 路上痴漢に襲われたため、目潰しのために催涙スプレーを噴射し、犯人の動きが止まった後にさらに噴射し続けて失明させた場合
- トラブルとなった相手が胸倉を掴んできたため、相手に殴る蹴るの暴行を加えてボコボコにした場合
などのように、防衛行為がやむを得ずにしたとはいえないこと、すなわち防衛行為の相当性を逸脱していることをいいます。
正当防衛との違いは、正当防衛が「やむを得ずに防衛行為に出たこと」の要件を満たすため違法性が阻却されて犯罪の成立が否定されるのに対し、過剰防衛はその要件を満たさないことから行為自体は違法と評価され、犯罪が成立ます。
もっとも、正当防衛ではないにしにしても、正当防衛と同様の状況下で防衛行為に出た点では同じで、恐怖・狼狽・興奮・驚愕により行き過ぎた行為に出ることは無理からぬ面もあります。そこで、過剰防衛にあたる場合は、状況により、裁判官の裁量で刑の減軽又は免除の措置を受けることがあります。
正当防衛と誤想防衛との違い
誤想防衛とは、正当防衛が成立するための要件がないにもかかわらず、これがあるものと思って(誤信して)防衛行為に出ることをいいます。
すなわち、誤想防衛は次の3つの類型に分類されます。
① 急迫不正の侵害に関する誤信 | 急迫不正の侵害がないのに、これがあるものと思って相当性の認められる防衛行為に出た場合 |
② 防衛行為の相当性に関する誤信 | 急迫不正の侵害に対して、相当性のない防衛行為であるにもかかわらずこれがあるものと思って防衛行為に出た場合 |
③ ①+②の誤信 | 急迫不正の誤信がないのにこれがあるものと思い、かつ、相当性がない防衛行為であるにもかかわらずこれがあるものと思って防衛行為に出た場合 |
最後の③は過剰防衛と誤想防衛が重なりあっていることから誤想過剰防衛とも言われます。
誤想防衛のケースでは、急迫不正の侵害状況がなく、かつ、防衛行為の相当性の要件も満たさないことから、過剰防衛と同様に行為自体は違法と評価されます。
もっとも、急迫不正の侵害がないのにあると思い、防衛行為の相当性がないのにあると思っていることから、罪を犯そうという意図、すなわち故意が欠けるのではないかが問題となります。
仮に、具体的状況下において故意が欠けると判断される場合は、防衛者に過失が認められないか(過失犯が成立しないかどうか)を検討し、過失も認められない場合は罪は成立しないことになります。
日本の正当防衛の基準はおかしい?厳しい?
ここで先に相手が攻撃してきたため反撃したのに、「過剰防衛として犯罪が成立するのはおかしい。日本の正当防衛の基準が厳しすぎるのではないか。」と感じておられる方も多いのではないでしょうか。
たしかに、日本の正当防衛の成立基準が厳しいことは、一部の人々から批判を浴びることもあります。個人の安全や財産を守るために、より広い範囲での防衛行為を望む声も存在します。
しかしそもそも正当防衛とは、緊急事態を理由として例外的に自力救済(実力行使)を認めるという制度です。
法治国家では「自力救済の禁止」が原則となっており、自らの法益を守ろうとする者は「公的機関(警察や裁判所)の保護」により救済されるべきであると考えられています。しかし、そのような保護を待っていたのでは目的を達成することができないような場合に限り「例外的な実力行使」を認めているのが正当防衛です。
そのような例外として正当防衛の要件を考える場合、急迫不正の侵害行為に対する反撃行為については、自己または他人の権利を防衛する手段として「必要最小限度のもの(相当性)」が要求されることになるのです。なぜなら、過剰な反撃や防衛行為が容認されると、個人の判断に基づいた私的な力行使が横行し、社会の安定や秩序が損なわれる可能性があるからです。
以上のことから、正当防衛の基準の厳格さは、法の支配を堅持し、個人の利益と公共の利益をバランスよく保護するために必要であると考えることができるでしょう。
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