総務省の2019年度の公表データによると、個人でのインターネットの利用率は89.8%となっており、年々増加の一途を辿っています。
インターネットの普及に伴い、誹謗中傷による名誉毀損や、著作権・プライバシー権の侵害などのトラブルも数多く起きるようになります。
そこで、このようなトラブルに対処するために、プロバイダ責任制限法という法律が2002年5月に施行されました。
あまり世間ではこの法律について詳しく知っている人は少ないのですが、実はこの法律は、インターネットで誰かとトラブルになったときに一番役にたつ法律ですので、必ず理解しておきましょう。
ネット誹謗中傷に強い弁護士がわかりやすく解説していきます。
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記事の目次
プロバイダ責任制限法とは
プロバイダ責任制限法は、正式名称を「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」と言います。
正式名称を見ると難しく感じるかもしれませんが、一般的に呼ばれている「プロバイダ責任制限法」で紐解いてみれば理解がしやすいと思いますので、「プロバイダ」と「責任制限」の2つの言葉に分けてわかりやすく解説していきます。
「プロバイダ」ってなに?
まず、法律を理解するにあたって、その「主体」が誰であるかを頭に入れておく必要があります。
例えば、刑法の殺人罪でいえば「人を殺した者は~」、窃盗罪でいえば「人の物を盗んだ者は~」という条文になり、「人を殺した者・人の物を盗んだ者」がその法律の主体になります。
そして、プロバイダ責任制限法では、「プロバイダは~」と条文で書かれているので、プロバイダがこの法律の主体になります。
では、そもそも「プロバイダ」ってなんでしょうか?
プロバイダといえば、インターネットを1度でも契約したことがある人でしたら思い浮かべるのは、OCNやSo-net、BIGLOBEといったインターネットサービスプロバイダ(ISP)ではないでしょうか。
インターネットサービスプロバイダとは、簡単に言えば、皆さんがインターネットを利用するのに必要な鍵(IDやパスワード)を発行している会社です。
ネットの世界に参加するためには必ずこの鍵が必要になるので、インターネットサービスプロバイダに鍵を発行してもらうために契約をしなければならないのです。
では、プロバイダ責任制限法の「プロバイダ」とは、このインターネットサービスプロバイダのことを指すのでしょうか。
プロバイダ責任制限法を読んでみると、プロバイダとは、「特定電気通信役務提供者」と書かれていてます。
そして、特定電気通信役務提供者とは、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」と書かれています。
何が書いてあるのかさっぱり分からない人も多いと思われますが、噛み砕いてみると、特定電気通信役務提供者(プロバイダ)とは、「不特定の人が(文字や画像、音声、動画などを)受信することを、機械的な設備やシステムを使って仲介したり、あるいは、その機械設備やシステムを提供する者」という意味になります。
例えば、2ちゃんねるであなたの名誉を傷つける投稿があったとします。
その時にプロバイダ責任制限法の「プロバイダ」となりうるのは、2ちゃんねるを管理運営している者(2ちゃんねるの運営会社)の他、2ちゃんねるでのやりとりが保管されているサーバーの運営会社、そして、名誉を傷つける書き込みをした人が契約しているインターネットサービスプロバイダとなります。
このように、プロバイダといっても、一般的に知られているインターネットサービスプロバイダだけではなく、不特定の人が文字や画像・動画・音声などを受信することを仲介する機器的な設備を提供するサーバー運営会社や、そういったやり取りができる場(システム)を提供する、2ちゃんねるなどの掲示板・アメブロなどの無料ブログ・ツイッターなどのSNSの運営者もプロバイダに含まれます。
また、個人で掲示板やブログなどを運営している場合にも、不特定の人が受信することを、掲示板やブログといった設備(システムといったほうが良いかもしれません)を用いて仲介する者として、その個人もプロバイダになるのです。
「責任制限」ってなに?
上記で、プロバイダとは、不特定の人が(文字や画像、音声、動画などを)受信できるよう、機械的な設備やシステムを使って仲介したり、その設備やシステムを提供する者であることを説明しました。
しかしこのプロバイダは、インターネット上でトラブルが起きると大きな責任を負うリスクもあります。
例えば、インターネットの掲示板に自分の悪口と思われる書き込みを発見したAさんがいるとします。そしてその書き込みをした人をBさんとします。
プロバイダはAさんから、「あなたが提供している設備(掲示板システム、サーバー等)で私の悪口が書かれたことによって名誉が毀損されたので損害賠償を払ってくれ!」と責任追及される可能性もあります。
また逆に、Aさんの申し出でその書き込みを削除したことで、Bさんから、「人の書き込みを勝手に削除するなんて、表現の自由の侵害だ!賠償請求で訴えてやる!」というリスクも孕んでいます。
こうなると、プロバイダは、書き込みをした人とされた人との板ばさみになり、どちらかの肩を持ってしまうと、損害賠償責任を負うはめになってしまいます。
これでは怖くてプロバイダの運営なんてできませんよね。
そこで、間に挟まれたプロバイダが、一定の要件を満たせば責任を免れることができますよ、という決め事を法律にしたのが、「プロバイダ責任制限法」です。
一定の要件を満たして初めて責任を免れることができるので、免責ではなく、制限という言葉が使われています。
では、どのような要件を満たせば責任を免れることができるのでしょうか。
これは、権利が侵害されたと主張する人への責任と、発信者(掲示板やブログ、SNSに書き込みをしたり、画像や動画などをアップロードした人)への責任によって、免責される要件が異なりますので見て行きましょう。
権利を侵害されたと主張する人への責任が制限される要件
プロバイダ責任制限法の3条1項で次のように規定されています。
「他人の権利を侵害した情報が不特定の者に送信されることを防止することが技術的に可能で、且つ、他人の権利が侵害されていることを知っていたときや、知ることができたときでなければプロバイダは損害賠償の責任を負わない」
逆に言えば、インターネット上に、人の名誉や著作権を侵害する情報があることを知っていたり知ることができたのに、防止可能なその流通を放置しておいた場合には損害賠償の責任を負うということになります。
発信者への責任が制限される要件
これについてはプロバイダ責任制限法3条2項で次のように規定されています。
「その情報の流通によって他人の権利が侵害されたと信じるだけの相当の理由があったのでその情報を削除した場合や、権利を侵害されたとする者から削除の申し出があったことを発信者に連絡したのに7日以内に反論がないのでその情報を削除した場合は、プロバイダは発信者に対して損害賠償の責任を負わない」
逆に言えば、ネット上の情報が名誉毀損やプライバシー侵害等の人の権利を害することが明確でないときに削除してしまった場合や、発信者に反論の機会も与えずに削除した場合には、発信者に対して責任を負うということになります。
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プロバイダ責任制限法は被害者保護の法律でもある
プロバイダは、この法律にしたがって行動すれば責任を免れることができるわけですから一安心と思われますが、しかし裏を返せば、この法律にしたがった行動をとらないと責任を負うということになります。
では、「法律にしたがった行動」とはなにかというと2つあります。
漢字だらけで難しく感じる人も多いと思われますが、それぞれを一言でいえばこのようになります。
- ①送信防止措置とは、書き込みを削除すること。
- ②発信者情報開示とは、書き込みした人の個人情報を書き込みされた人に伝えること
この①と②をプロバイダ責任制限法に書かれている手続きにしたがって行って初めて、プロバイダは責任を免れることができるのです。
では、なぜこの法律は、プロバイダに送信防止措置や発信者情報開示といった手続きを執り行うよう定めたのでしょうか。
例えば、皆さんが、ツイッターやFacebookなどのSNS、掲示板やブログなど、インターネット上で誹謗中傷の書き込みをされたときに、一般的には次のようなことを考えると思います。
- 今すぐ書き込みを削除して欲しい
- 発信者(書き込みをした人)に対して損害賠償・慰謝料を請求したい
しかし、書き込みの削除や、書き込みをした人への損害賠償の請求はそう簡単ではありません。
なぜなら、書き込みの削除するにはまずはそのサイトの削除依頼フォームから依頼するのが一般的ですが、現実的にはこういったフォームからの削除依頼に応じてくれる割合は多くありません。
また、書き込みをした犯人に賠償請求したくても、ネットは匿名での書き込みが一般的なので、住所はおろか名前すらわからないことがほとんどです。名前も住所も分からなければ、賠償請求をするための訴訟を起こすことはできませんよね。
しかしこれでは、インターネットの世界が、誹謗中傷・個人情報の流出・プライバシーの侵害・著作権侵害などの温床になってしまいます。これでは人間が安心した生活を営むことはできなくなってしまいます。
そこで、プロバイダ責任制限法は、書き込みをされた人を救うための2つの手続き(送信防止措置・発信者情報開示)を設け、書き込みをされた人からの依頼があったときにこの手続きを抜かりなく行えば責任を負わないですよという形にしたのです。
もちろん、送信防止措置も発信者情報開示も、書き込みをされた人がプロバイダにお願いすれば必ず行われるというわけではなく、一定の条件をクリアしなければならないものですが、プロバイダ責任制限法が、プロバイダだけの味方でないことはわかっていただけたのではないでしょうか。
もしアナタが、インターネット上で自分の悪口や個人情報の書き込みを見つけたときは、上で説明した、送信防止措置をプロバイダに依頼したり、発信者情報開示請求を行って、自分の名誉やプライバシイーといった権利を守る必要がありますが、その依頼や請求の手続きについても詳しく解説しているページがありますので参考にしてください。
プロバイダ責任制限法で対応しきれない場合の対処法
プロバイダ責任制限法によって、プロバイダが発信者、権利の侵害を受けた被害者に対して負う責任が明確にされました。
しかし、だからといって権利侵害を受けた被害者からの送信防止措置依頼や発信者開示請求がプロバイダに100%通るわけではありません。
たしかに、先に述べたとおり、プロバイダは、他人の権利が侵害されているのを知ってたり知りうることができたのに放置すれば、被害者に損害賠償の責任を負います。
しかし、そのことと、送信防止措置依頼があった時にそれに応じるかどうかは別問題です。
書き込みの削除は、発信者の表現の自由の侵害と表裏一体であることから、削除要請に対してプロバイダも慎重な対応をとらざるを得ないのです。
そして、送信防止措置はあくまでもプロバイダに義務付けられているわけではなく、あくまでも任意であることを念頭に入れておかなければなりません。
また、発信者情報開示請求についても同様に、請求に応じるかどうかはプロバイダが任意に決めることです。
書き込みを行った発信者にしてみれば、本名や住所などは極めて重要な個人情報であり、できるだけ開示されたくない情報です。
そのためプロバイダ責任制限法では発信者に配慮し、発信者情報開示請求を受けたプロバイダは開示請求をしていいかどうかを発信者に確認するよう定めています。
また、この確認は、発信者と連絡が取れないなどの事情がない限りは基本的には義務となっています。
そして、発信者が自身の情報の開示を拒んだ場合、プロバイダが開示に応じてくれることは極めて低いといえるでしょう。
なぜなら、上で述べたとおり、この手続きで開示される氏名や住所といった情報は、個人情報の最たるものであり、これを開示したことで発信者から高額な損害賠償請求される恐れがあるからです。
では、プロバイダが応じてくれない場合には、どのような手段が残されているのでしょうか。
裁判所に仮処分命令を出してもらう
プロバイダは、書き込みをされた者と書き込みをした者との板挟みの状態にあることから、削除要請や個人情報の開示に対して尻込みしてしまうことは理解していただけたと思います。
そこで、この板挟み状況を取り払ってあげればプロバイダが送信防止措置や発信者情報開示に応じても責任を負わないことになりますよね。
そのとき有効なのが、裁判所を通じて投稿の削除命令や発信者開示命令の仮処分命令を出してもらう方法です。
裁判所からの命令ですので、それに従えば、発信者に対して責任を負うことがなくなるということです。
このとき通常の訴訟を起こす方法もありますが、通常の訴訟では証拠調べや証人尋問などの手続きを経るため、判決が出るまでに数カ月から1年などかなり長い時間がかかります。
一方仮処分は、このままの状態を放置していては利益の損失が大きいため、緊急措置が必要なときにとる手段です。
仮の緊急措置であるため、通常の訴訟とは異なり早ければ数週間で裁判所から命令が出ることもあります。
仮処分ってなに?どんな効果があるの?と思われた方は、下記参考記事にわかりやすく解説していますのでご覧になってください。
侵害情報削除や発信者情報開示の仮処分の申し立ては弁護士に依頼しよう
プロバイダ責任制限法によって、ネット上の誹謗中傷によって権利を侵害された人もプロバイダに発信者情報開示請求などの手続きが取りやすくなりました。
また、プロバイダ側もこの法律によって送信防止措置による損害賠償の免責基準などが明確になることで、より自主的な規制が取りやすくなった一面もあるようです。
しかしその一方で、投稿の削除(送信防止措置)や発信者情報開示はプロバイダ側に決定権があるため、必ずしも希望通りの措置を取ってもらえるとは限らないという問題点は残っています。
誹謗中傷による被害をできるだけ抑えるためには、加えて裁判所の仮処分命令が有効な手段です。しかし仮処分の申立てには専門的な知識が必要となるため、弁護士に仮処分の申立てを依頼することが解決の早道です。
ネット上で誹謗中傷を受けたら、まずは誹謗中傷による被害の拡大を防止するために投稿を削除し、不特定多数にその投稿が閲覧できない状態にすることが先決です。
一刻も早い解決のためにも、法の専門家である弁護士に依頼することをお勧めいたします。
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