
目次
判例①強姦罪の「暴行・脅迫」の程度について示した判例
事案の概要
この事例は、被告人Xが被害者Aを強姦したとして訴追された事案です。
Xはこの事件で被害者Aに暴行・脅迫を加えた事実は存在しないし、仮にそのような事実があったとしても被害者Aが抗拒不能に陥っていたという事実はすべての記録のどこからも明らかになっていないと反論しました。この事例は、強制性交等罪が新設される以前の強姦罪について「暴行又は脅迫を用いて姦淫した」の意味が争われたものです。
判決文抜粋
「刑法第177条にいわゆる暴行又は脅迫は相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであることを以て足りる。
そうして被告人が被害者にその程度の暴行脅迫を加えたという事実は、原判決挙示の証拠によつて十分立証されている。
なお又被害者A及び親権者母Bが告訴を取下げ被告人を宥恕する旨の上申書を提出したことは、右のような事実の認定を妨げる理由とはならない。」と判示して強姦罪を認定しています(最高裁判所昭和24年5月10日判決)。
弁護士の解説
強姦罪(改正前刑法第177条)がいうところの「暴行または脅迫」の程度については様々な学説があり、強盗罪と同様に「反抗を抑圧する程度のもの」が必要とする立場や、大小強弱の程度を問わないとする立場もありました。
そのような中この判例は、相手方の反抗を抑圧するものである必要はなく、「相手方の犯行を著しく困難にする程度のもの」で足りると判断している点で重要な判例です。
判例②強姦致傷罪について「暴行・脅迫」の具体的な判断要素を示した判例
事案の概要
この事案は、被告人Xら3名が少女に対して強姦した結果怪我を負わせたとして訴追された事例です。
この事案で被告人Xらは、「相手方の抗拒を著しく困難にする程度」の暴行・脅迫を行っていないので前記昭和24年の判例の立場に反すると反論したため、暴行脅迫の程度を判断するための考慮要素について判示されました。
判決文抜粋
「所論引用の当裁判所判例は、刑法177条にいわゆる暴行脅迫は相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであることを以つて足りると判示している。
しかし、その暴行または脅迫の行為は、単にそれのみを取り上げて観察すれば右の程度には達しないと認められるようなものであつても、その相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴つて、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りると解すべきである」と判示しています(最高裁昭和33年6月6日判決)。
弁護士の解説
この判例においても強姦罪における「暴行・脅迫」の程度については「相手方の抗拒を不能にし、またはこれを著しく困難にする程度のもので足りる」という見解は維持されています。
そのうえでこの「暴行・脅迫」の程度については暴行・脅迫行為自体をみると「抗拒不能または著しく困難にさせる程度」に至っていないように思えても、以下の考慮要素を検討して強姦致傷(法改正により現在の罪名は「強制性交等致傷罪」)の成立を認めました。
- 被害者の年齢、性別
- 被害者の素行、経歴
- 行為がなされた時間
- 行為がなされた場所や周囲の環境 など
本件の被告人Xらは、善良純真な少女Aに対して、深夜の人気(ひとけ)のない校庭や付近の公園などの環境の中、Aの身辺につきまとって帰宅を妨害して逮捕監禁にも近い行為をしていました。また被告人Xらは3名で集団的な威力によって相手方Aの生命身体等に危害を加えるかもしれないという態度を暗示していたと評価されています。そして本件被害者Aは、このようなXらの行為によって恐怖のあまり抗拒不能に陥り姦淫の被害を受けるに至っているので「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度」の暴行・脅迫があったと認定しています。
判例③口淫を求めた言動が強制性交等罪の「脅迫」にあたるとされた事例
事案の概要
本件は、弁当店の店員である被害者Aが、未明の時間帯に、クレームを入れて公民館の敷地内で待つ被告人Xに返金しに赴いた際に、性交を強いられたとして「強制性交等罪」の成立が争われた事案です。
本件では、被告人Xが「チャラにするからしゃぶってよ。」などと申し向けており、それを受けて被害者Aが首を縦に振って応じたほか、被害者A自ら衣服のすそをたくし上げたり、被告人Xの下腹部にまたがるなどしたという事実関係が認められています。そのため強制性交等罪における「脅迫」は無かったのではないか、という点が争点となりました。
判決文抜粋
「ある言動が、それを聞いた者の反抗を著しく困難にする程度のものかどうかは、単にその言動の内容だけでなく、その言動がされた状況を踏まえて判断されるべきものである。確かに、本件文言は、それ自体害悪の告知を含んでおらず、文言自体に被害者に強制させるような内容を含んでいないが、被害者が本件現場に到着してからの被告人の言動と当時の現場の状況等、原判決の指摘する事情を踏まえれば、被告人の被害者に対する言動は女性である被害者に相当な恐怖感を与えるものであって、その状況において、被告人が本件文言を言ったことにより、被害者が、被告人による性的行為に抵抗することが心理的に著しく困難になったとした原判決の判断に誤りはない。
また、原判決の指摘する、本件当時の被告人の言動と当時の現場の状況等からすれば、被害者が、被告人の要求に応じなければ、被害者の勤務先や氏名を知られている被告人に後日付け回されるなどして、その身体等に危害を加えられ、あるいは、更なる不当な要求をされるのではないかと危惧するのは無理からぬことであって、・・・被告人の要求を拒否して逃げることが十分できたとはいえない。加えて、被告人は、被害者に対する自らの言動や本件現場の状況等を当然認識していたのであるから、被害者が反抗することが著しく困難な状態のあったことの認識に欠けるところもないというべきである」と判示しました(東京高等裁判所令和2年1月14日判決)。
弁護士の解説
被告人X側は、「チャラにするからしゃぶってよ。」と被害者Aに申し向けた行為はそれ自体害悪の告知でないため「脅迫」にあたらないと反論しました。
しかし被害者の反抗を著しく困難にするものかどうかは、単に被告人の言動の内容だけでなく、その言動がされた状況を踏まえて判断されるべきものであると判示しています(この点前記判例をいずれも踏襲した判断であることは明らかです)。
本件では、未明という「深夜の時間帯」や公民館の敷地という「人気の少ない場所」であったという点や、クレーム処理を担当しなければならないという被害者Aが置かれた立場や被告人Xとの関係性など検討した結果、Xの言動の意味合いが「脅迫」に該当すると判示されています。
判例④同意のある性交・結婚前提の交際だったという被告人の反論が否定された事例
事案の概要
この事例は、被告人Xが女子児童AがSNS上に自殺願望があることを投稿していたため、言葉巧みに自宅にまで誘い出し、Aの服を脱がせてその容姿を撮影したり、Aと口腔性交や性交をしたりした事例です。
これに対して被告人Xは、Aとの結婚を前提とした真摯な交際をしており、Aの同意に基づき肉体関係をもったと反論しました。
判決文抜粋
「本件性交等は、Aの同意の上で行われたものではなく、被告人の暴行、脅迫により反抗が著しく困難になった状態で行われたものであり、また、当時、被告人とAは、結婚を前提とするような真摯な交際をしていたものでもないことも認められる。
したがって、判示第1の2の行為は、強制性交等又は準強制性交等に当たるとともに、児童であるAに淫行をさせる行為に当たる」と判示して強制性交等罪の成立が認められました(水戸地方裁判所令和4年3月22日判決)。
弁護士の解説
この事例では以下のような要素を考慮してAの供述の信用性が高いと判断されています。
- 女子児童Aは被告人Xに何度も顔面を平手で殴打され恐怖から被告人との性行為を拒否できなかったこと
- AがXと恋愛や性にかかわる事柄を話題にしたやり取りやメッセージがないこと
- 当時Aは14歳の児童で、Xは三十代半ばの成人男性であったことからAが自ら求めて性交等に及んだとは考えにくいこと
- 卑猥な姿を撮影させられていることから、撮影当時AはXから要求されれば屈辱的な姿になることですら拒むことが著しく困難な状態にあった など
これら諸般の事情を考慮して、「本件性交等は、Aの同意の下に行われたものではなく、Aが述べる被告人の暴行、脅迫により反抗が著しく困難になった状態で行われたもの」と判断されています。
近年の強制性交に関する判例
大津地裁令和6年1月25日|Bに懲役5年6月、Y1に懲役5年、Y2に懲役2年6月の実刑判決
被告人Y2とBは、X(事件当時21歳)に対して、性交等をしようと考え、共謀し、B宅で強制的に性的暴行を加えました。BはXの頭を押さえつけ、無理やりXの口腔内に自身の陰茎を含ませて腰を前後させる暴行を加えました。Xが「苦しい」と訴えたにもかかわらず、Bは「苦しいのがいいんちゃう」と発言し、Y2も「苦しいって言われた方が男は興奮する」と発言するなどして脅迫しました。
その後、BとY1が共謀し、交代でXに口腔性交を強要しました。Xが再び「苦しい」と訴えると、Bは「いいってなるまでしろ」と指示し、抵抗を困難にしました。さらに、Xが立ち去ろうとした際、Bが後ろから抱きついて引き戻し、Y1がXの同行者を引き離すなどして暴行を加えました。最終的にBとY1はXに対し、繰り返し口腔性交を行い、Y1は性交を強要しました。その様子は携帯電話で撮影されていました。
裁判所は、口腔性交の開始時点で、BとY2との間には共謀が成立し、さらに、その後の口腔性交の開始時までにY1がBと意思連絡をしたことにより、同時点までにY2とY1との間でも共謀が成立したと認定しています。
この事案において、Bには懲役5年6月が、Y1には懲役5年が、Y2には懲役2年6月の実刑判決が言い渡されています。
ただし、本件はその後、大阪高裁の控訴審で、Y1とY2に無罪判決が言い渡されています。
参考:滋賀医科大生2人に逆転無罪…1審は女子学生に性的暴行と実刑判決 : 読売新聞
東京地裁令和6年5月13日|懲役10年の実刑判決
この事案は、被告人が、食事に誘い出した被害者6名に対し、睡眠導入剤を混入した飲料を摂取させて、その薬理作用により被害者を抗拒不能にさせて強制的に性交等を行った事案です。
被告人は、飲食店などで被害者らが目を離した隙に、睡眠導入剤を飲み物に混入し、被害者らは意識を失い、抵抗できない状態にされました。
裁判所はこのような犯行には計画性があり、被害者の判断能力を奪う極めて悪質な行為であると判示しています。
また、被害者は薬の影響で記憶が曖昧になり、被害に遭ったことすら認識できませんでしたが、捜査が進む中で、ようやく被害を知ることになりました。そのため、被害者の受けた嫌悪感や不安感等の精神的苦痛は大きいと評価されています。
さらに、被告人は約半年間で7件もの犯行を繰り返しているため、規範意識が低く、動機も身勝手で、情状酌量の余地はないとされています。
一方で、被害者のうち5名には賠償金が支払われ、3名とは示談が成立し、被告人は謝罪したうえ反省の態度を示しています。また、家族が更生を支援すると約束し、前科もありません。
上記のような事情を考慮したうえで、被告人には懲役10年の実刑判決が言い渡されています。
仙台地裁令和5年3月14日|懲役22年の実刑判決
この裁判例は、被害者女性(当時28歳)に不動産業者を装って接近し、玄関を開けさせた後、ナイフで脅迫しました。その後、キャッシュカードなどを奪い、さらに被害者に性的暴行を加え、傷害を負わせた事案です。また、別件として強盗目的でエレベーター内にいた被害者(当時21歳)をナイフで脅し、自宅まで連行して室内侵入し、暴行を加えて抵抗できない状態で、金品を奪い被害者にけがを負わせました。さらに、窃盗3件と道路運送車両法違反などの犯罪も犯しました。
被告人は折り畳みナイフを用いて被害者を脅迫し、結束バンドで拘束したうえで犯行に及びました。被害者が拒否したにもかかわらず、避妊具を着けることなく性交し、被害者の苦しむ顔が見たいと思って被害者の首を絞めるといった一連の犯行は子どもの面前で行われており、執拗かつ危険で、被害者の尊厳を蹂躙する、人を人とも思わない卑劣極まりない醜悪な態様であると判示されています。強盗・強制性交等事件は、極めて重い部類に属する犯罪であるとして、被告人には懲役22年の実刑判決が言い渡されています。
京都地裁令和5年2月6日|懲役4年の実刑判決
この事案は、被告人が、被害者に対し、強制的に性交等に及んだ事案です。
被告人は、18歳の女性Aに対し、強制的に性交しようと考え、夜間に、県内の医療センター駐車場に停車中の車内で、Aに「全部脱いで」「上は脱いで」と命じ、上半身を裸にさせました。
さらに、Aの財布から運転免許証を取り出し、Aの裸の姿を写真撮影しました。そのうえで、「お姉ちゃんをやらせて」「裸で外に出すぞ」と脅迫しました。
被告人はAの後頭部を手で押さえつけるなどの暴行を加え、Aの抵抗を困難にしたうえで、口腔性交と性交に及びました。
裁判所は、本件性交等に至る前の時点で、Aは泣いて謝罪し、被告人からの要求に対して拒絶する旨の発言をしていたのであるから、被告人において、Aが本件性交等に同意しておらず抗拒不能の状態であることを認識していた、と判断しました。被告人には懲役4年の実刑判決が言い渡されています。
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