
①単純横領罪の量刑不当が認められた判例
事案の概要
本件の被告人は27歳の配管工の男性で、仕事上の知人である建築請負業者から、10万円の約束手形の割引(手形を現金化すること)を依頼されました。被告人は金融業者を通じて手形を8万8千円で割り引いてもらい、現金を受け取ります。
本来であれば、この現金は依頼主に渡すべきものでしたが、当時、被告人は自身の配管工事の材料費などの支払いに窮していたため、預かっていた現金のうち約4分の1を生活費に、残りの大部分を仕事の材料費などの営業費用に充てて使い込んでしまいました。被告人は、「単純横領罪」として起訴されました。
判決文の抜粋
「本件犯行の動機としては、仕事の資金に困つていたとき、たまたま現金を手にしたため、自己の工事資金に流用したということであり、さしせまつた生活費等にも一部費消されてはいるが、遊興費等には一切あてられておらず、本件は財産犯の中では比較的法定刑の軽い単純横領の罪であり、犯罪個数はわずか一回で、被害金額は約八万円余にすぎず、直接の被害者である小柳は本件手形を不渡にしてゆくえをくらましたので、現実の損害は蒙つていない。・・・被告人の経歴、年令、職業、家族関係、本件犯行の動機、罪責、個数、態様、被害金額、取得した金員の費消状況、示談交渉の経過等一切の情状を考慮すると、本件は刑の執行猶予を言い渡すべき事案であるにもかかわらず、第一審判決が被告人を懲役五月の実刑に処し、原判決がこれを維持したのは、刑の量定が甚しく不当であつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。」(最高裁判所昭和42年12月1日判決)
弁護士の解説
本件のポイントは、最高裁判所が「被告人に有利な事情」をきめ細かく拾い上げ、下級審の実刑判決を「著しく正義に反する」とまで断じた点にあります。
まず、犯行の動機と用途です。横領した金の多くがギャンブルや遊興費ではなく、仕事の材料費という「営業継続のための資金」に充てられていました。また、被告人は分割払いや一部弁済の提供をしていたものの、被害者側(金融業者)が頑なに拒否したために示談ができなかったという経緯も考慮されました。
結果的に、被告人は懲役5月、執行猶予3年が言い渡されています。
②業務上横領から単純横領罪の認定には訴因変更が不要とされた判例
事案の概要
本件は、当初「業務上横領罪」として起訴され、第一審でもその罪が認められた事案です。これに対し、被告人側は控訴審において「お金を預かっていたのは、業務としてではないため業務上横領罪は成立しない」と反論しました。
控訴審(二審)は、被告人側のこの主張を認め、「業務上の占有」ではなく「一般的な占有」に基づく横領であると判断し、より刑の軽い「単純横領罪」を認定しました。
裁判所が「訴因変更(検察官が起訴内容を正式に変更する手続き)」を経ることなく、職権で罪名を切り替えて判決を下したため、被告人側は、この手続きを不服として上告しました。
判決文の抜粋
「本件の如く、業務上横領罪の訴因を肯定した第一審判決の認定に対し、被告人が控訴審において判示金員に対する被告人の占有は業務に基くものでないから業務上横領罪が成立しない旨抗争している場合において控訴審が右の主張を理由があるとして単純横領罪と認定するには訴因変更手続を経ることを要しないものと解する。」(最高裁判所昭和36年11月10日決定)
弁護士の解説
裁判所は検察官が起訴状に記載した具体的な「同一の公訴事実(訴因)」の範囲内でしか審理・判決ができません。もし、この範囲が変わる場合は、検察官に「訴因変更」の手続きをさせる必要があります。しかし、本件のように「重い罪(業務上横領罪)」として起訴されていたものを、その事実関係の範囲内で「軽い罪(単純横領罪)」として認定する場合には、訴因変更の手続きは不要であると判断されました。
その理由として、「業務上横領」と「単純横領」は、いずれも「委託を受けて占有する他人の物を横領する」という基本的な事実関係が共通しているため、公訴事実は同一であると考えられるからです。また、被告人自身も「業務上ではない(単純横領である)」と主張していたため、不当に防御の機会を奪われたと評価することもできません。
「業務上」と認められるかどうかで罪名が大きく変わるため、その判断基準は実務上重要なポイントです。業務上横領罪の構成要件や成立しないケースについて詳しくは「業務上横領罪とは?逮捕されないケースと構成要件・事例・判例」で解説しています。
③単純横領罪か遺失物横領罪かが問われた判例
事案の概要
本件は、終戦直後の混乱期における旧軍用物資(いわゆる特殊物件)の取り扱いをめぐる事案です。
被告人は、県から「県内に散在する、まだ整理・転用されていない国有の旧軍用物資」を集めるよう委嘱を受けていました。被告人は、ある空地に置かれていたケーブルを「未整理の物資」だと思い込み、県への転用手続きを進めるために、県の委嘱書を示してその場所から運び出しました。しかし、実際にはそのケーブルは、すでに民間団体へ払い下げが済んでおり、その旨抗議を受けていたにもかかわらず、それを無視して占有を続け、最終的にはケーブルをバラバラに解体して売却処分しようとしました。
本件では、委託関係がある「業務上横領」か、委託関係がない「遺失物横領」かが争点となりました。
判決文の抜粋
「被告人等の本件ケーブルの占有は、前の占有者である宇品造船所の抗議にも拘らず、広島県転用課の集荷依嘱書によつて、同書にいわゆる未転用未整理特殊物件として同県のためにこれをなしたものであつて、ただ被告人等は本来依嘱の範囲に属しなかつた物件をその範囲に属するものと誤信したに過ぎないものといわなければならない。・・・本件犯行は単純横領で処断すべきものである」(最高裁判所昭和30年11月10日判決)
弁護士の解説
被告人は「県の業務として、県のために占有する」という明確な権限(集荷依嘱書)に基づいて占有を開始しています。たとえ対象物件を誤認していたとしても、その占有の性質は「公的な委嘱に基づく管理」であり、単に「うっかり手に入ってしまった」という遺失物横領のケースとは根本的に異なると判断したのです。
この判例は、単純横領罪における「委託信任関係」が、必ずしも真の所有者と直接結ばれている必要はなく、法的な権限や公的な立場に基づいて占有が生じた場合、その物件を勝手に処分すれば「単純横領罪」としての重い責任を問われることを示しています。
委託信任関係の有無は、単純横領罪と遺失物横領罪(占有離脱物横領罪)を分ける決定的な要素です。委託関係のない物を領得した場合に成立する罪については「占有離脱物横領罪とは?遺失物横領・窃盗との違いや時効を解説」で詳しく解説しています。
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この記事の監修者
刑事事件の弁護に注力する法律事務所の代表弁護士。逮捕回避・早期釈放・不起訴獲得・示談交渉など、被疑者・被告人の権利を守るための迅速な弁護活動に豊富な実績を持つ。痴漢・盗撮・暴行傷害・薬物事件・性犯罪など幅広い刑事事件に対応し、24時間体制で依頼者とそのご家族を全力でサポートしている。

