これから就職しようとしているものの、刑事事件を起こしてしまった、あるいはすでに起こしてしまって前科を有しているという場合、本当に就職できるのか不安ではないでしょうか?
この記事では
・前科と就職の関係
について弁護士が解説します。
これから就職しようとする方の悩み、不安をこの記事で少しでも解消していただけたらと思います。
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目次
前科とは?前歴との違い
前科とは、ある罪について起訴され刑事裁判で有罪とされ、その裁判が確定した証のことをいいます。
刑事事件では刑事裁判が確定するまでは、被疑者・被告人は無罪と推定される「無罪推定の原則」が働くということは多くの方がご存知ではないでしょうか?
前科はこの無罪推定の原則が及ばなくなり、「(合理的疑いを入れる余地がないほどに)あなたがその罪の犯人だ」となった後につく、と考えるとイメージしやすいかと思います。
なお、前科は、
- 死刑
- 懲役
- 禁錮
- 罰金
- 拘留
- 科料
のいずれかの刑に関する証です。
したがって、万引き、交通事故、交通違反(信号無視、スピード違反、酒気帯び・酒酔い、無免許運転)など犯罪の種類、形態を問わず、上記の刑が科された場合は前科がつきます。
また、実刑であるか執行猶予であるかに関係なくつきます。
なお、交通違反のうち、信号無視、スピード違反など比較的軽微な違反態様のものは交通反則金通告制度が適用されることもあります。
その結果、検挙されるといわゆる青切符が切られ、反則金の納付を求められます。
もっとも、反則金は罰金ではありませんから、この場合、前科はつきません。
また、免許停止などの行政処分を受けたことを理由として前科がつくことはありません。行政処分と前科は関係ありません。
他方、信号無視、スピード違反でも悪質な場合などは懲役、罰金の対象となることがあります。
その場合はやはり前科がつく可能性があります。酒気帯び・酒酔い、無免許運転は交通反則通告制度の対象ではなく、懲役、罰金の対象ですから前科がつく可能性があります。
前科の情報は検察庁で管理されています。検察庁は特定の機関からの照会にのみ応じ、一般の方に前科の情報を提供することはありません。回答の際に作成される書類は前科調書です。
なお、前科に似た言葉として「前歴」があります。前歴とは、ある罪について「疑い」をかけられた証のことをいいます。
つまり、前歴は「あなたがその罪の犯人「かも」しれない」という段階、つまり無罪推定の原則が及んでいる段階でもつきます。
したがって、逮捕歴、検挙歴という場合、それは前歴を意味します。
前歴は警察が管理しています。また、照会する人も警察官です。回答の際に作成される書類は犯歴事項照会回答書です。前歴には前科が含まれていることもあります。
したがって、警察官は職務質問等の場面で、いったん警察に前歴照会して前科の有無等を確認し、後日、正式に検察庁へ照会するという方法をとることが一般的です。
前科と前歴の違いをまとめると以下のとおりとなります。
つく時期 | 管理する機関・人 | 書類 | 証拠価値 | |
---|---|---|---|---|
前科 | 刑事裁判が確定した後 | 検察庁(検察事務官) | 前科調書 | 強い |
前歴 | 犯罪の嫌疑を受けた後 | 警察(警察官) | 犯歴事項照会回答書 | 前科より弱い |
前科がつくと就職できない?
前科がつくと就職できないか否かは、これから就職しようとする職によって異なります。
⑴ 免許・資格を必要とする職について
免許・資格を必要とする職とは、たとえば、国家公務員、地方公務員(教職員、警察官など)、弁護士、司法書士、行政書士、医師、看護師、助産師、保育士など、ここでご紹介することができないほど数多くあります。
免許・資格を必要とする職種については個別の法律で欠格事由(免許・資格を取得することができない事由)が規定されています。そして、一定以上の刑の前科がつくと必ず免許・資格を取得できない(絶対的欠格事由にあたる)職種、と取得できないことがある(任意的欠格事由にあたる)職種に分けることができます。
絶対的欠格事由にあたる職種の例
前科がつくことが絶対的欠格事由にあたる職の例として弁護士があります。弁護士の欠格事由は弁護士法という法律の7条に規定されています。
(弁護士の欠格事由)
第七条 次に掲げる者は、第四条、第五条及び前条の規定にかかわらず、弁護士となる資格を有しない。
一 禁錮以上の刑に処せられた者二~四号 略
e-Gov法令検索
「禁錮以上」とは禁錮、懲役、死刑のことを指します。したがって、罰金、拘留、科料はこれに含まれません。「処せられた」とは、刑事裁判で有罪とされ、その刑が確定したこと、つまり前科がついたことを意味します。実刑のほか執行猶予の場合も「処せられた」に含まれます。弁護士法の欠格事由は「資格を有しない」とされていますから絶対的欠格事由にあたり、「禁錮以上の刑に処せられた」場合は資格を取得することができません。
任意的欠格事由にあたる職種の例
また、前科がつくことが任意的欠格事由にあたる職の例として医師があります。
医師の欠格事由は医師法という法律の4条に規定されています。
第四条 次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
一号~二号 略
三 罰金以上の刑に処せられた者
四号 略e-Gov法令検索
「罰金以上の刑」とは罰金、禁錮、懲役、死刑のことを意味します。医師法の欠格事由は「免許を与えないことがある」とされていますから、「罰金以上の刑に処せられた」場合でも免許を取得できないわけではありません。医師免許の場合、最終的には、免許付与の権限を有する厚生労働大臣の裁量に委ねられます。
以上、弁護士、医師の欠格事由をご紹介しました。このように、免許・資格を必要とする職については法律に欠格事由に関する規定が設けられています。これから就職しようとする職がこうした職にあたる場合は、一度該当する法律にあたって欠格事由について確認してみるとよいでしょう。
なお、前科がついた場合でも、一定期間が経過すると前科の効力が消滅する(正確には、刑の言渡しの効力が消滅する)ことによって免許・資格を取得できるようになります。前科の効力が消滅するまでの期間は、禁錮以上の刑(禁錮、懲役、死刑)の実刑判決を受けた場合は「10年」、罰金以下の刑(罰金、拘留、科料)の実刑判決を受けた場合は「5年」です(ただし、消滅するまでの期間、罰金以上の刑に処せられないことが条件)。また、執行猶予判決を受けた場合は、判決で言い渡された執行猶予期間です(ただし、執行猶予期間中に犯罪を犯すなどして執行猶予が取り消されないことが条件)。
前科の効力の消滅についての詳細は以下の関連記事をご参照ください。
⑵ 免許・資格を必要としない職について
他方、免許・資格を必要としない職については欠格事由というものはありません。
したがって、前科がついたというだけで就職できないわけではありません。もっとも、後述するように、何らかの経緯で前科・前歴がばれてしまうことは否定できません。そうすると、就職に不利になるという意味では就職できない可能性はあるといえるでしょう。
前科は就職先にばれる?
前述のように前科の情報は検察庁で管理されています。そして、検察庁は警察や市区町村など特定の機関に対してのみ前科の情報を提供しています。また、警察が一般人や民間企業・法人からの照会に応えて前科の情報を提供するということはありません。
また、市区町村は犯罪人名簿(住民の選挙権・被選挙権の有無の確認、免許・資格を必要とする職の団体からの照会に対する回答などのために作成されるもの)を作成するために検察庁から前科の情報の提供を受けています。そして、事務規定では、「警察、検察、裁判所又は免許・資格を必要とする職の団体から照会があった場合にのみ回答に応じる」としていることが多いです。つまり、市区町村が一般人や民間企業・法人からの照会に応えて前科の情報を提供するということも考えられません。
以上から、前科の情報は免許・資格を必要とする就職先にはばれてしまいますが、それ以外の民間企業・法人にばれてしまうことはないといえます。
他方で、前歴つまり、逮捕歴、検挙歴等はばれてしまう可能性はあります。なぜなら、こうした情報はネットなどに実名で掲載されてしまう可能性があり、就職先の担当者が検索して調べることが可能だからです。
前科がばれると就職が不利に?
前述のとおり、前科は免許・資格を必要とする就職先以外にはばれることはありません。したがって、この場合、有利、不利の問題は生じません。
問題は前歴です。
前歴(逮捕歴・検挙歴等)はネットなどに掲載され、ばれてしまう可能性があります。そして、前歴が就職先にばれてしまうと就職先の採用担当者はどう思うでしょうか?確かに、法律上は逮捕歴、検挙歴を有するだけでは無罪推定の原則が及び、その人がその罪の犯人だと決まったわけではありません。しかし、就職先の担当者を含め一般の方はそうは思いません。やはり、逮捕歴、検挙歴を有するだけでその人を犯人、つまり「前科持ち」だと決めつける傾向があります。その結果、心理的に「雇いたくない」という気持ちが働いてしまうこと可能性も否定できないでしょう。その意味では、 前歴がばれると就職に不利になってしまう可能性はあるといえます。
なお、こうした事態を避けるには、何よりもまず事件が警察に認知される(刑事事件化する)ことを避ける、逮捕を避けるということが必要となってきます。
就職先に前科のことを申告する義務がある?
就職先に前科がばれないのであれば「前科を隠して就職したい。」と思う方も多いはず。では、前科を有する場合、就職先に前科を申告する義務、賞罰欄に記載する義務はあるのでしょうか?
⑴ 面接で尋ねられた、履歴書に賞罰欄がある場合
まず、就職面接で尋ねられた、履歴書に賞罰欄が設けられていた、という場合は前科のことを申告、記載する義務があります。申告、記載する義務があるにもかかわらず、あえてこれを隠して就職したものの後で明るみになったという場合は懲戒解雇の対象となる可能性が高いでしょう。他方で、それぞれの時点で前科の効力が消滅していたという場合(詳細は前記2⑴のリンクをご参照ください)には、面接時に申告する義務、賞罰欄に記載する義務はないと考えられています。
そこで、仮に就職後に前科を有することが明るみとなった場合でも、就職時に前科の有無等を明らかにしなかったことを理由として解雇される可能性は低いでしょう。もっとも、前科を有していることにはかわりありませんから、職業等によっては解雇される可能性も否定はできません。
⑵ 面接で尋ねられない、履歴書に賞罰欄がない場合
他方で、面接で尋ねられない場合、履歴書に賞罰欄が設けられていない場合は、積極的に申告する、記載する義務はありません。
親や家族などの身内に前科がいたら就けない職業はある?
ありません。
確かに、親兄弟や家族・親族といった身内に前科を持つ方がいると、「自分にも不利になるのでは」と思いがちです。しかし、これまでのご説明のとおり、前科は公になることはありません。また、前科を有するか否かはたとえ身内であっても個人の問題として扱われます。
厚生労働省が公表している「公正な採用選考の基本」においても、以下のような記載がなされています。
(2) 公正な採用選考を行うためには・・・・
ア 公正な採用選考を行うことは、家族状況や生活環境といった、応募者の適性・能力とは関係ない事柄で採否を決定しないということです。
そのため、応募者の適性・能力に関係のない事柄について、応募用紙に記入させたり、面接で質問することなどによって把握しないようにすることが重要です。公正な採用選考の基本|厚生労働省
これに違反した企業は職業安定法に基づく改善命令の対象となるリスクもありますので、身内の前科により不採用となる恐れは低いでしょう。
また、「警察などの公務員に就職するにあたり〇親等内の親族に前科者がいないか身辺調査をされ、該当者がいれば採用されない」といったネットの書き込みが見受けられますが、公的にそのような情報は公開されておらず根拠に欠けます。仮にそのような身辺調査が実施されていたとしても、事実、身内に前科者がいる方で公務員に採用されている方もいます。不確かな情報に振り回されずに就職活動に専念すべきでしょう。
前科をつけないためには
前科をつけないためには、事件が捜査機関(警察、検察)に認知される前(事件が刑事事件化する前)であれば事件が警察に認知されることを回避し、認知された後は不起訴処分を獲得することが先決です。
事件が捜査機関に認知されるのを回避するには、被害者のいる事件(痴漢、盗撮、強制わいせつなど)については被害者と示談することが必要です。被害者と示談することで、示談金をお支払いする代わりに被害者が被害届や告訴状を警察に提出しないこと、を条件とすることができるからです。また、捜査機関に認知された後は、すでに提出された被害届、告訴状を取り下げてもらい、不起訴獲得につなげることができます。
もっとも、示談交渉は弁護士に任せた方が無難です。事件の加害者が直接交渉しようとすると、逮捕につながったり、示談交渉が頓挫して逆効果となる可能性が高いです。事件の加害者が直接示談交渉することはやめましょう。
前科者(刑務所服役者)の就職率
刑務所で服役後、社会復帰したとしても無職であるがゆえに再犯に及んでしまう方が多いと言われています。そこで、刑務所服役中から、一定の条件を満たした受刑者に対しては、円滑な社会復帰、復帰後の自立した生活の確保を目的とした就労支援が行われています。平成29年度の犯罪白書によれば、就労支援を希望する受刑者は年々増加傾向にあり、建設業、サービス業、製造業への就職が多いとのことです。
まとめ
前科を有すると免許・資格を必要とする職には一定期間就職できない可能性があります。それ以外の職業ではそうした制限はありませんが、面接時に尋ねられた場合や履歴書に賞罰欄が設けられている場合は正直に回答する必要があります。もっとも、刑の効力は一定期間が経過すると消滅し、その後は免許・資格を必要とする職に就けます。また、賞罰欄に記載する必要もなくなりますから、どの程度の期間で消滅するのか把握しておくことも大切です。
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